華子は当然のように全ての荷物を陸に持たせている。
陸は特に気にする様子もなく当たり前のように持ってやっていた。
そんな二人は傍から見れば、ショッピング中の普通のカップルにしか見えない。
次に二人はドラッグストアへ向かう。
そこで華子は、プチプラブランドの安い化粧品を物色し始めた。
こんな馬鹿みたいに安い化粧品は今まで使った事はなかったが、
自分の化粧品が来るまでの辛抱だ。
そう自分に言い聞かせると、とりあえず必要最低限の物だけを選ぶ。
「シャンプーやタオルなんかも必要よね?」
華子は念の為陸に聞く。
「基本的なものは全部揃っているから大丈夫だ」
「えっ? 備え付けであるの?」
「ああ」
それを聞いた華子は、今日泊まる場所はもしかしたらウィークリーマンションかビジネスホテルなのかもしれないと思う。
(だったら何かあればコンビニにでも行けばいいか)
そう思い、最低限の物だけを購入した。
最後にシューズショップでシンプルなスニーカーを二足買った。
華子が今履いているのは華奢なピンヒールだ。
カフェのバイトは立ち仕事なので、この靴では仕事なんて出来ない。
全ての買い物を終えると、二人は駐車場へ戻った。
歩きながら、華子のお腹がキュルルと鳴る。
それに気づいた陸は、
「飯を食ってから帰ろう」
そう言って大量の紙袋を車の後部座席へ積み込んだ。
(そう言えば、今日は軽く昼食をとったきりで何も食べていなかったわ)
今日は午後、急に野崎にホテルへ呼び出されたので夕食を食べる時間もなかった。
野崎はいつも予告なしに急にマンションへ来たり外へ呼び出したりする。
こっちの都合などお構いなしだ。
「お前は俺の愛人で高い手当を払っているんだから、俺に従うのは当然だろう? それにお前が浮気をしていないかこうやって
時々チェックしないとなぁ」
野崎はいつもそう言ってグフフと含み笑いをする。
それを思い出した華子はゾッとして思わず身震いした。
それに気づいて陸が言った。
「どうした? 大丈夫か?」
「え? あ、ううん、大丈夫よ」
華子はそう返事をすると、頭の中から野崎の顔を追い払った。
もうあんな気持ちの悪い男に抱かれなくて済むのだと思うとホッとする。
今になって華子は自分が望まない状況に身を置いていた事に気づく。
金は大事だ。金がないと生きていけない。
しかし野崎とのおぞましい行為は金は手に入るが心を失う。
ずっとそんな異常な状況にいたから、
自分は自殺などという愚かな行為をしようとしたのだ。
あんなつまらない男のせいで、大切な命を失うところだった。
なんて馬鹿な事をしたのだろう。
(あの時死ななくて本当に良かった…)
すっかり正気を取り戻した華子は、心から自分の行いを悔いた。
ひょんな事から仕事が見つかり、住む場所の心配もなくなった。
とりあえず生きていけそうだ。
そう思うと、華子はぐんと気持ちが前向きになる。
図らずしも、陸が連れて来てくれたこのショッピングタイムが良い気分転換になった。
華子は徐々に、本来の自分を取り戻しつつあった。
駐車場を出た車は、大通りを走り始めた。
5分程走ると、左手に洒落た店が見えてくる。
こじんまりした建物は、アンティークレンガの瀟洒な佇まいだ。
壁の一部にはツタが絡まりイギリスの田舎町にあるような可愛らしい店だ。
陸はその店の駐車場に車を停めた。
「ここで食べて行こう」
陸はそう言って車を出たので、華子も車から降りる。
店の前にはシンボルツリーの黄色いミモザが風に揺れていた。
ヴィンテージ風の窓のフラワーボックスにはブルーのムスカリが植えられている。
黄色と青のコントラストがとても美しい。
華子はそのホッとするような情景に目を奪われながら、店に入る陸の後を追った。
コメント
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華子正気を取り戻して良かった。愛人としての生活なんてある種異常なんだし、時間をかけてでも陸さんに救われた恩をしっかり返してね‼️