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そして、花梨の転職初日が訪れた。
お気に入りのダークグレーのパンツスーツを身にまとい、颯爽と新しい職場へ向かう。
転職先の『高城不動産ソリューションズ』は、以前働いていた『村田トラスト不動産』と比べても格が違う。村田トラスト不動産は古びたビルの支店が多かったが、高城不動産の支店はどこも駅前の好立地にあり、モダンでお洒落なビルに入っている。さすが天下の『高城』だ。
同棲相手の浮気から同棲解消に至ったことは、悪夢のような経験だった。しかし、その結果、こうして大手企業に入社する道が開けたのだから、失恋も悪いことばかりではないと思えるから不思議だ。
(ふふっ、私って意外と打たれ強いのかも……)
花梨は目の前にそびえるビルを見上げると、笑顔を浮かべ背筋をピンと伸ばし中へ入った。
まずは総務課へ顔を出し、その後、支店長室で入社式を済ませた。それから花梨は配属部署へ案内された。
総務課の女性が『営業第二課』と書かれたドアを開けると、賑やかだった室内が一瞬で静まり返った。
「新しく来た水島さんをお連れしました」
皆の注目を浴びながら、花梨は上司のデスクの前まで進んだ。
その席に座っていたのは、信じられないほど甘いマスクの、かなりハイスペックな男性だった。
(うわっ! 前に観た、中世を舞台にした映画の王子様にそっくり!)
そこに座っていたのは柊だった。
映画のヒーローにあまりにも似過ぎていので驚きを隠せなかった花梨は、しばらくその端正な顔立ちに見入ってしまう。しかしすぐにハッと我に返ると、慌てて柊に挨拶をした。
「本日からこちらでお世話になります、水島花梨と申します。よろしくお願いいたします」
花梨はきりっと背筋を伸ばし、美しい姿勢で完璧な挨拶をした。
その瞬間、城咲柊の顔に驚きの表情が浮かんだ。目の前にいるのが、先日居酒屋のトイレの前で電話をしていた女性だったからだ。しかし、花梨の方は柊にまったく気づいていない様子だった。
それにホッとした柊は、静かに席を立ち、口を開いた。
「ようこそ、営業第二課へ。 課長の城咲柊です。これからよろしく!」
「こちらこそ、ご指導よろしくお願いいたします」
二人の挨拶が終わると、花梨の隣にいた総務課の女性が笑顔で言った。
「じゃあ、水島さん、頑張ってね! 何か分からないことがあれば、気軽に相談にいらっしゃい!」
「ありがとうございます」
総務課の女性が部屋を後にすると、柊は営業二課の社員たちに向かって言った。
「みんな、ちょっといいか? 今日からうちに配属になった水島花梨さんです。彼女は前職で不動産営業の経験を積んでいるので、即戦力として力になってくれると思います。ただ、以前の職場とは勝手が違うことがたくさんあると思うから、みんなでサポートしてあげてください」
「「「はいっ!」」
「では、水島さん、一言挨拶を」
「はい」
花梨は背筋をピンと伸ばし、張りのある落ち着いた声で挨拶を始めた。
「初めまして。本日からこちらに配属となりました、水島花梨と申します。以前は村田トラスト不動産で、個人顧客向けの不動産売買を担当しておりました。不慣れな点もあるかと思いますが、皆様の助けをお借りしながら頑張りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げた花梨に、盛大な拍手が沸き起こる。その中には、男性社員たちの陽気な声も混ざっていた。
「すっげー美人!」
「なんか、仕事できそうな感じだなぁ」
「噂によると、前の会社では社長賞を受賞したらしいぞ」
「俺たちもうかうかしてらんねーな」
一方、女性社員たちは羨望の眼差しを向けている。
「綺麗な人ねぇ」
「スタイルだって、モデルみたいじゃない!」
「それに仕事もできそう!」
そんな中、一人だけ不機嫌な表情の女性がいた。それは円城寺萌香だった。
(なんか、やっかいそうな女が来たわね……)
気だるげな仕草で手を叩きながら、萌香はわずかに苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、解散! みんな、仕事に戻ってくれ」
「「「はいっ!」」」
挨拶が終わると、柊が向かいの席にいた女性に声をかけた。
「小林さん、ちょっといいですか?」
「はい」
課長席の真正面に座っていた女性が立ちあがり、柊と花梨の前に歩み寄る。
「彼女が君の指導係、小林美桜(こばやしみお)さんだ。社内に慣れるまで、一週間彼女と行動を共にしてください」
美桜は、30代前半の落ち着いた雰囲気を持つ女性で、ショートヘアがよく似合っていた。
左手の薬指には結婚指輪が輝いているので、既婚者と思われる。
「小林です。よろしくね、水島さん」
「よろしくお願いいたします」
「じゃあ、デスクは私の隣にどうぞ」
「はい」
花梨が美桜と共にその場を離れる際、柊の鼻にやわらかな香りが漂ってきた。その瞬間、居酒屋でのあの夜の出来事が、柊の脳裏に蘇ってきた。
(同棲していた男との別れが転職につながったのか? ということは、社内恋愛?)
そんな思いに浸っていると、突然、指導員の美桜が柊に声をかけた。
「課長。先に支店の中を案内をしてきますね」
「あ……ああ、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
花梨はペコリとお辞儀をしてから、美桜の後について歩き出した。
その時、係長の沼田が柊に近づいてきて、小声で話しかける。
「水島さん、かなりできる人みたいですね! これで城咲課長も、ようやくホッとできるのでは?」
「そう簡単にいけばいいんだけどな」
「今回は期待できるでしょう! では、私はちょっと外回りに行ってきます」
「行ってらっしゃい」
沼田が出口へ向かうと、柊はデスクの引き出しを開け、花梨の履歴書のコピーを取り出した。そして、じっと見つめる。
(出身は神奈川か……今は三つ隣駅のマンションから通勤。同棲解消後に引っ越したのか? 宅建とFPの資格は既に持っていて……簿記三級、秘書検定、整理収納アドバイザーに心理カウンセラー? まだあるのか……カラーコーディネーター、ガーデニングアドバイザー、ハーブセラピスト、フラワーアレンジメント、コーヒー検定に紅茶マイスター? はぁ? 一体なんでこんなにたくさんの資格を……?)
驚きで眉をひそめながら柊が履歴書を見ていると、今度は耳をつんざくような甲高い声が響いた。
「課長~! 一昨日頼まれた資料、できましたぁ!」
円城寺萌香が軽快な足取りで柊のデスクへ近づいてきたので、柊は慌てて履歴書を引き出しに戻した。
あの件以来、柊は萌香を外回りの営業から外し、社内の営業事務に専念させている。しかし、彼女自身はそのことにまったく納得していないようだった。
「ありがとう」
「課長! 私はいつになったら外回りの営業に戻してもらえるんですかぁ?」
萌香の大げさな声を聞き、柊は眉間にしわを寄せる。
(自分の置かれた状況がまったく分かっていないようだな……)
彼は呆れながらも平静を装い、諭すように言葉を選んだ。
「もうしばらく営業事務を手伝ってくれませんか? 外回りは、新しく来た水島さんが担当しますから」
「ええーっ! 私も行きたいですっ!」
「悪いけど、係長と話し合って決めたことだから」
「えーっ、どうして? なんで私が……」
「さあ、仕事に戻って!」
たしなめられた萌香は、しぶしぶ自分の席に戻った。そんな萌香を、遠くの席にいた取り巻きの二人が呆れた表情で見ている。
柊は萌香の後ろ姿を横目で見ながら、やれやれと肩をすくめ、目の前のノートパソコンに視線を戻した。
コメント
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萌香さん,厄介なのは貴女でしょ!営業出来ないから内勤になってんじゃないの。花梨ちゃん仕事が出来る女を徳と萌香はんに見せておやりなさい!
ご対面しちゃったーーーっ(〃'艸'〃)キャー 花梨ちゃんも満更じゃあなさそう🤭 柊さん堪えたね(≧ω≦。)プププ でもお鼻は正直!👃ピクピク・クンクン💓あらーお鼻👃っていえば…🍄と同じ⤴︎⤴︎☝︎︎︎ ☝︎︎︎ ♥️ ♥️ ♥️ それにしても花梨ちゃんの資格が凄すぎる✨マニアかしら? 整理収納アドバイザーね…😏 炎上児燃火を整理しちゃえ〜=͟͟͞͞( ᐕ)੭ GoGo‼️
取り巻きも 呆れる女は 円城寺 コネで入社も ゴネは通らず