美宇は朔也に何も聞けないまま、数週間が過ぎた。
12月に入り、辺りは一面の雪景色に変わっていた。
雪国での暮らしは初めての美宇は、真っ白な銀世界に感動しながらも、慣れない雪に少し戸惑っていた。
その日も工房へ向かう道を、滑らないように慎重に歩いた。
積もり始めの雪は水分を多く含み、滑りやすい。
美宇はいつも以上に足元に気をつけながら前へ進んだ。
ようやく工房に着くと、肩の雪を払い、中へ入った。
朔也はすでに電動ろくろの前に座っていた。
「おはよう」
「おはようございます。早いですね」
「個展も近いから、そろそろ急がないとね」
「でも、あともう少しですよね?」
「うん……窯の火入れが、あと1~2回で済めばいいんだけどなあ」
朔也はそう言って笑った。
美宇は荷物を置き、エプロンをつけると、キッチンでコーヒーを淹れる。
できあがると、朔也に声をかけた。
「コーヒー入りましたけど」
「ありがとう」
朔也は作業を中断すると、手を洗ってから椅子に腰を下ろした。
「さてと……実は明日から一泊で札幌へ行かなくちゃならないんだ」
「札幌に?」
「うん。先月予定していた個展の打ち合わせが、明日に変更になってね」
「そうですか……」
11月に打ち合わせをする予定だったのに、亜子が来なかったことを美宇は不思議に思っていた。
打ち合わせが札幌に変更されたと聞き、ようやく納得する。
それでも、胸の奥には再びもやもやとした気持ちが広がっていった。
「明日は火曜で休みだけど、明後日の陶芸教室は一人でお願いしてもいいかな? 帰りは夕方以降になりそうなんだ」
「もちろん、大丈夫です」
「悪いけど、よろしくね」
「承知しました」
「……あとは、伝えておくことはなかったかな」
朔也が考え込んでいると、美宇が咄嗟に口を開いた。
「札幌へは、飛行機ですか?」
「いや、車で行こうと思ってる」
「車だと、かなり時間がかかるんじゃ?」
「5時間くらいかな。遠いけど、行けない距離じゃないよ」
「そう……ですね」
美宇は、朔也が飛行機で移動するなら高速バスを使うかもしれないと思い、あの日のことを聞くきっかけになると期待していた。
しかし、思ったようにはいかなかった。
あの日以来、美宇の心には、夕暮れのバスターミナルで一人ベンチに座る朔也の姿が焼き付いている。
なぜ彼があそこにいたのか……その理由を知りたい気持ちは、日に日に強くなっていた。
けれど、どうしても聞き出せず、もどかしさだけが募っていく。
(一緒にいるだけで十分……そう思うようにしていたけど、やっぱり無理。気にしないようにすればするほど、知りたくてたまらない。青野さんがそこまで忘れられない女性って、どんな人だったの?)
悶々とした気持ちを抱えながら、美宇は心を落ち着けるようにコーヒーを一口飲んだ。
その日の午後、曽根夫妻が営むカフェでは、蓮と綾が先月の収支を確認していた。
今日は定休日で、二人はのんびりと経理作業に取り組んでいた。
「ねえ、去年の11月よりも、売り上げが上がってる!」
「本当?」
「うん。どのくらい上がったと思う?」
「うーん……まさか2倍はないと思うけど、30パーセント増くらいかな?」
「惜しい! 去年の1.5倍よ」
「すごいな……やっぱりインバウンドの影響?」
「それもあるけど、若い人の移住が増えてきたのも大きいかも。知床が世界遺産になってから、ここで働く若い人が増えたし」
「そっか……それは街にとってもいいことだね」
「うん。先に移住してきた私たちとしても、嬉しいよね」
綾はそう言って、さきほど淹れたアイスティーを一口飲んだ。
彼女は、暖房の効いたあたたかな部屋でアイスティーを飲むのが好きだった。
そのとき、蓮がぽつりとつぶやいた。
「美宇ちゃんも、ここにずっと住んでくれるといいな……」
夫の突然の言葉に、綾は驚いた。
そして、以前美宇から聞いた話をふと思い出した。
「ねぇ、蓮……」
「ん?」
「美宇ちゃんがこの前言ってたんだけど……11月11日に、朔也さんがバスターミナルにいたんですって」
「え?」
コーヒーを飲みかけていた蓮は、驚いてカップを口に運ぶ手を止めた。
「……ってことは、まだ?」
「どうなんだろう。もう、今年で10年よ」
「うん……で、美宇ちゃんには何て言ったの?」
「朔也さんがどう考えているか分からないから、私の口からは言えなくて、適当にごまかしちゃった。それでよかったのかな?」
「うん……いいと思うよ」
「でも、美宇ちゃんは納得できていないみたいだった。だって、変でしょ? 空港に行く予定もないのに、夕暮れのバスターミナルで一人ベンチに座ってるなんて……それもこんな寒い時期に。普通に見ても不自然よ」
「そうだな……今度、朔也先輩と話す機会があったら、さりげなく聞いてみるよ。もちろん美宇ちゃんのことも」
「うん、お願い。美宇ちゃん、きっと朔也さんのことが気になっていると思うの。だから、せっかくの出会いを無駄にしてほしくないんだ」
「うん……僕だって、このまま二人にはずっと一緒にいてほしいって思ってるよ」
「ふふっ、蓮も同じ気持ちでよかった」
「当たり前だろ? 朔也先輩には、絶対に幸せになってもらわないとね」
蓮と綾は見つめ合い、ふふっと笑った。
カフェの窓の外では、しんしんと雪が降り続いている。
真っ白な雪は、静かな街をゆっくりと包み込んでいった。
コメント
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扉絵の流氷がゆっくり解けていくように、朔也さんの心も春の訪れと共に解けていきますように…🍀
香織さんのことも聞けないまま… 個展の打ち合わせで札幌に出張🥺 車で行くには何か理由があるのかな? 美宇ちゃん切ないね🥺 モヤモヤ募りますーー😢 2人がいい方向に向かいますように🙏

けんごさん時も女狐いたけど、あっさり成敗してたから今回も‼️ 機種変してからまだ、理沙子さん読んでなくて漢字分かりません🙏 拓くんなら…😥 ごめんなさい 先生‼️