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勇者として旅立つことが決まった翌朝、陽和は神殿の裏庭に連れて来られていた。
裏庭といってもかなり広い。
石壁に囲まれた訓練場のような場所で、地面は踏み固められた土になっている。
端の方には藁人形が並び、木製の的や鉄の板が立てかけられていた。
いかにも「能力を試す場所」という雰囲気だった。
陽和は少しだけ安心した。
ちゃんと検証してくれるらしい。
「勇者よ」
昨日と同じ白髪の神官が言った。
「これより祝福の性能試験を行う」
言葉は厳かだったが、声の調子は少しだけ慎重だった。
期待というより、様子見に近い。
陽和としてもありがたい。
「まずは基本確認だ」
神官の一人が水の入った桶を運んできた。
「この水を温めてみよ」
陽和は桶の横に立った。
「どうすればいいんですか」
「普段通りでよい」
普段通りと言われても困る。
昨日はただ立っていただけだ。
とりあえず桶の前にしゃがみ込む。
しばらく待つ。
何も起きない。
さらに待つ。
やっぱり何も起きない。
神官が手を突っ込んだ。
「……どうだ」
別の神官も触る。
「少しぬるい気がする」
「確かにぬるい」
陽和も触ってみた。
確かに冷たくはない。
だが温かくもない。
「ぬるいですね」
全員がうなずいた。
記録係が板に書きつける。
『水温:体感でやや上昇』
曖昧だった。
次に鉄の板が運ばれてきた。
「これを温めてみよ」
陽和は板の横に立つ。
待つ。
やはり何も起きない。
神官が触る。
「……どうだ」
別の神官。
「冷たくはない」
三人目。
「しかし温かくもない」
記録係が書く。
『鉄板:変化不明』
評価としてひどかった。
続いて藁人形が出てきた。
「戦闘状況を想定する」
神官が言った。
「この標的を攻撃してみよ」
陽和は藁人形を見た。
「攻撃手段がないんですが」
神官は少し黙った。
「……祝福を使え」
「暖かくするしかないですよ」
「やってみよ」
仕方なく立つ。
待つ。
当然ながら藁人形は何も変わらない。
記録係が書いた。
『攻撃性能:確認できず』
それはそうだった。
神官たちが小声で相談を始めた。
「やはり後方支援型か」
「環境制御の可能性がある」
「精神安定効果では?」
陽和は言った。
「暖かいだけだと思います」
聞かれなかった。
ひとしきり試験が続いたあと、神官の一人が言った。
「では最後の確認を行う」
やけに真面目な声だった。
騎士が一人呼ばれてきた。
若い男だった。
「この者は夜番の任に就く兵士である」
騎士は礼をした。
「勇者よ」
神官が言った。
「しばらくこの者のそばに立っていよ」
陽和は言われた通りに立った。
騎士も隣に立つ。
特にすることがない。
沈黙が流れた。
一分ほど経ったころ、騎士が言った。
「……あの」
神官が顔を上げた。
「どうした」
騎士は少し戸惑った顔で言った。
「暖かいんですが」
神官たちが動いた。
「どの程度だ」
「かなり快適です」
即答だった。
騎士は腕をさすりながら言った。
「いつも夜番は冷えるんですが」
少し考えてから続けた。
「これがあれば毛布いらないかもしれません」
神官たちがざわめいた。
記録係が勢いよく書いた。
『長時間接触:極めて快適』
神官の一人が真剣な顔で言った。
「これは実用的だ」
別の神官。
「持続能力が極めて高い」
老人がうなずいた。
「間違いない」
何が間違いないのかは分からなかった。
老人は陽和を見た。
「勇者よ」
嫌な呼び方だった。
「そなたの祝福は長時間の任務に適している」
戦闘の話ではなかった。
「特に夜間行動において大きな価値を持つだろう」
陽和は言った。
「つまり」
老人は言った。
「野営に強い」
結論だった。
陽和は少し考えてから言った。
「それ勇者じゃなくてもよくないですか」
老人は静かに首を振った。
「勇者に無駄な祝福はない」
昨日も聞いた言葉だった。
そのとき騎士が言った。
「勇者様」
振り向く。
「はい」
騎士は真面目な顔で言った。
「もしよければ今夜も来ていただけますか」
陽和は答えに困った。
神官がうなずいた。
「検証のため必要だ」
決定だった。
その瞬間、陽和は理解した。
自分の勇者としての最初の仕事は、
魔王討伐ではなく夜番同行になるらしい。