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空乃 美晴
89
雨晒しの原稿用紙
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事情確認は、午後一番に行われた。
窓のない小さな会議室に、クリストルン、エドワイン、法務担当の男性、そして記録係としてレリヤが座る。レリヤは無表情だったが、ペン先だけがやけに鋭く見えた。
「まず確認します」
エドワインは書類をめくる。
「あなたの父親は、元白椿トイズ社員ですね」
クリストルンは背筋を伸ばした。
「はい」
「在籍当時、品質に関する重大な問題を起こし、退職しています」
「その認識には異議があります」
自分でも驚くほど、声ははっきりしていた。
エドワインの眉がわずかに動く。
「異議の根拠は」
「調べています」
「では現時点では、会社記録が優先されます」
法務担当が形式的な質問を続ける。
父とどんな会話をしたか。自宅に資料はあるか。業務外で誰に何を見せたか。
質問が進むほど、話の中身より“質屋の娘”という輪郭だけが濃く塗られていく気がした。
「自宅は質屋を営んでいるそうですね」
「はい」
「古物や持ち込み品が多い環境は、情報管理の面で」
「関係ありません」
クリストルンは言い切った。
エドワインは静かに言葉を継ぐ。
「関係があるかないかを判断するのは、あなたではありません」
その冷ややかさに、胸の奥がぎりっと鳴る。
会議室を出たときには、廊下の空気まで遠く感じた。
企画部へ戻る途中、ふと足が止まる。
何人かの社員が、目を合わせないまま小声で話していた。
「やっぱり、あの人の娘なんだ」
「また同じことを」
「親子で会社を」
最後までは聞こえなくても、十分だった。
クリストルンは立ち尽くした。
二十年前、自分はまだ何も知らない子どもだった。
けれど今、父が立たされた場所の輪郭だけは、はっきり分かる。
説明する暇もなく、先に値札を付けられる場所。
仕事より出自を見られる場所。
誰かの都合で、“問題のある側”に置かれる場所。
そのとき、ルチノが背後から来て、クリストルンの前に立った。
他の社員たちが視線を逸らす。
「戻れ」
彼は周囲に向かって低く言った。
それだけで、人が散っていく。
「……私、今、お父さんと同じ場所にいます」
クリストルンは乾いた声で言った。
ルチノは否定しなかった。
「だから止める」
「止まりますか」
「止めるまでやる」
その言葉は不器用で、強引で、でもまっすぐだった。
クリストルンは唇を結び、泣かないように天井を見る。
泣いたら見えなくなる気がした。
けれど、もう十分に分かってしまった。
これはただの配置転換ではない。
父の過去ごと、もう一度こちらへ引きずり出されている。