賢太郎と航太郎が家を出たあと、葉月は少し遅れて会社に向かった。
上司には、今日は遅めに出勤すると伝えてある。
午前中の仕事を終えた葉月は、昼休みに長野の友人・佐伯岳大の妻、優羽に電話をかけた。
「今日から航太郎がお世話になりますが、よろしくお願いします」
「はーい。航ちゃんが来るの、流星がすごく楽しみにしているの。さっき岳大さんが流星と一緒に松本へ向かったから、数時間後にはこっちに着くと思います。着いたらまたメッセージしますね」
「わざわざ松本までありがとうございます。岳大さんには、くれぐれもよろしくお伝えくださいね」
「はい。それよりも、ふふっ、聞いちゃいましたよ!」
「え? 聞いたって何を?」
「葉月さんにボーイフレンドができたってこと! 航ちゃんが嬉しそうに話してたって、流星が言ってたわ」
「あー、恥ずかしい……。でもね、実はそうなの。なんか不思議な縁でね」
「いいじゃないですかー。流星の話では、その方、写真家なんですって?」
「そうなの! 鉄道写真のカメラマンなんだけどね。そういえば、何かの授賞式で岳大さんとご一緒したことがあるって言ってた。岳大さん、わかるかなぁ?」
「なんていう方? 帰ったら聞いてみるわ」
「桐生賢太郎」
「桐生…賢太郎さん……ね」
優羽はメモを取ったようだ。
「歳はおいくつなの?」
「それがね、私より三歳年下なの」
「年下? うわぁ、なんか新鮮!」
「でしょう? 私も年下の人とはつき合ったことがないからねー」
「でも、今は三歳くらいなら、あまり関係ないんじゃない?」
「そうなのかなぁ? でもさ、40を間近に控えた私から見たら、なんだか眩しくて……」
「わー、素敵! それだけ魅力的な人ってことでしょう?」
「ど、どうなんだろう? あ、でさ、優羽ちゃんに聞きたかったんだけど……」
「うん、なぁに?」
「その……優羽ちゃんが岳大さんとお付き合いを始めたときって、どうだった? 優羽ちゃんも当時はシングルマザーだったでしょう? だから、参考に聞きたくて……」
「うーん……どうって聞かれても、どうなんだろう? あ、でも、岳大さんと出逢ってからは、いつも守られているような安心感を感じていたかな?」
「安心感かぁ……。でもそれは、岳大さんが優羽ちゃんよりも、だいぶ年上だからだよね?」
「年齢なんて関係ないよ。若くてもしっかりした人はいるし、年上でも頼りない人は頼りないし。だから、あまり数字で物事を見ない方がいいと思うよ」
「じゃあ、どういうので判断したらいいんだろう?」
「うーん……もっとこう、自分の本能や感覚的なもの? そういうので判断した方がいいんじゃない?」
「具体的に言うと、どんな感じ?」
「例えば、生理的に合う合わないかとか、一緒にいるときの空気感とかか?」
「なるほどー」
「もっと細かく言えば、その人の仕草や声が好きとか嫌いとか? あとはその人から漂ってくる雰囲気とか匂いとかかなぁ? そういう、人間の本能で感じる部分がまず大事で、そのあとから、外見や職業などの条件が重要になってくるんじゃないかなーって思うけど、どうかな?」
優羽の説明を聞いた葉月は驚いた。
賢太郎の声や匂いは、とっくにクリアしていることに。
「そっか……。ありがとう! すごく参考になった」
「なんか、上手く言えなくて、あいまいな表現でごめんねー」
「ううん、全然、すごく助かったわ」
「それならよかった。あ、あとね、葉月ちゃんが長野に来たときに、お酒を飲みながら話をしたの、覚えてる?」
「もちろん覚えてるわ。でも、あのとき私、なんて言ってた?」
「お互いの前の結婚についてを話していたときに、葉月ちゃん、こう言ってたんだよ。夫と話し合おうとすると、いつも逃げちゃうって。たまに話を聞いてくれても、いつも上の空だって……」
言われてみると、たしかにそんなことを言ったような記憶がある。
「そういえば、そんなこと言ったかも」
「うん。でね、あのとき私思ったの。葉月ちゃんは、きっとパートナーといろいろ話がしたいんだなって。だから、話をじっくり聞いてくれるような相手が、葉月ちゃんには合うのかなって思ったんだ」
優羽の言葉を聞き、葉月はびっくりした。
「優羽ちゃん、すごい!」
「え?」
「実はね、前に心理テストみたいなのをやったの。それは、自分が求めている『恋人の条件』を調べるためのテストなんだけど、その結果が『どんな時でもきちんと向き合い話をしてくれる人』だったんだ」
「やっぱり! 葉月ちゃんが求めているのは、きっとそういう人なんだよ。その年下の彼が、そういう人だといいねー」
その言葉を聞いた葉月は、心の中でこう呟いた。
(それがね、どんぴしゃり、そういう人なんだよな……)
葉月は思わず頬を緩めた。
優羽との電話を終えた葉月は、元気に午後の仕事へ戻った。
その日、定時で仕事を終えた葉月は、スーパーへ寄って家路につく。
(帰りに撮影して帰るって言ってたから、きっと帰りは夜だよね?)
駅を出た葉月が坂道を上り始めると、ひとりの女性がうろうろしているのが目に入った。
(あれ? 何か探してるのかな?)
そう思いながら女性に近付いた時、葉月は突然声をかけられた。
「あのぉ、すみません、『シーサイドグラン湘南』というマンションをご存知ないでしょうか?」
その女性を見た葉月は、その顔に見覚えがあるような気がした。
(あれ? どこかで会ったっけ?)
しかし、思い出せないまま女性の問いに答えた。
「そのマンションでしたら、もうちょっと先の右手にあります」
葉月は自宅の隣にある、賢太郎が住んでいる真っ白なマンションを指差した。
「あぁ、まだ先だったんですね。ありがとうございます」
女性はペコリとお辞儀をすると、颯爽とマンションへ向かった。
葉月は軽く会釈を返すと、女性の後ろを歩いて自宅まで行き、鍵を開けて中へ入った。
家に入ると、買ったものをキッチンへ運ぶ。
その時、急に思い出した。
(あっ! あの人!)
今、道を尋ねてきたのは、あの日イタリアンレストランで、賢太郎たちと合コンをしていた女性だった。
女性は賢太郎の前に座り、彼に熱心に話しかけていた。
『私、写真集、絶対に買いますねっ!』
あの時の可愛らしい声が、葉月の脳裏にはっきりと蘇る。
(え? なぜ彼女は、彼の住所を知っているの?)
葉月は、予期せぬ出来事に遭遇し、全身から力が抜けていくのを感じた。
コメント
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優羽さんの言うとおり😌年齢はただの数字よ🔢 うろつく女はストーカー化して😱? 賢太郎さんが帰宅する前に連絡とれるかな…😥葉月さん、何なら外で待ち合わせてそのまま賢サマと外泊しちゃいましょう🤭
葉月ちゃん🍀色々考えすぎず賢太郎に飛び込んでーーーーッ💖 こんな女、賢太郎が相手にしーひんし大丈夫‼️ 覚えてもおらへんのちゃう🤭
ほぉ〜ここで、この様な事が!でもかえって 葉月の心が決まるのでは。2人の関係が深まりますように。優羽、懐かしい〜というか、また読みたくなってしまった。