「お前らは僕の獲物じゃない。……僕は食料調達係だよ。お前ら獲物を見つくろい、罠にかけ呪詛を打ち込んで動きを鈍らせ絶望させて味を調えるのが僕の仕事だ。最初はいろいろ手間取ったけれど――、ここ最近は随分と楽になったかな。ほら。SNSだの、動画配信サイトだの、簡単に餌がまけるでしょ? 全くインターネット様様だ。昔はまず口コミで引っかかりそうなやつを……」
言葉を切り、ため息をつくアキミチ君。疲れ果てた、とでも言いたげな大げさな溜息だった。
「愚痴っぽくなっちゃったね。だけど、僕、かれこれ三十年以上もあいつにコキ使われているんだ。少しぐらい許してよ」
あいつ? まさか、この期におよんで他にもまだ、何かが出てくるんか?
「ああ、そうだよ」うちの心を読んだのか、アキミチ君が体育館の天井を片手で人差し指を伸ばしてさし示す。「……というか、もう、そこまで来ている。君達を味わうのが待ち切れなくて」
次の瞬間だった。どんな力が作用したのかは分からないけれど、体育館の天井が吊り下げられた照明器具ごと音もなく吹き飛んだ。いや、吹き飛んだというより、まるで動画処理のようにモザイクのような粒子となって消滅したように見えた。
露わになったのは、ベットリとした質感の油絵のような夕焼け空。そして、茜色に染まった空の真ん中には奇妙なものが浮かんでいるのが見えた。
それはオレンジ色に暗く輝く球体だった。子供が乱雑に書き殴った落書きの太陽のような。大きさはその辺の家ほどもある。
そんな巨大で得体の知れない物体がうちらの頭上いっぱいを覆っていた。
バタンとすぐ側で大きな物音が聞こえた。呆然と呪文を唱え続けていたユカリが倒れた音らしい。
焦燥に駆られうちは親友の名を叫ぼうとした。
と、そのタイミングを狙っていたかのように頭上に浮かぶ奇怪な球体が一回転する。まるで地球儀を回したかのように。大量の肉が腐っているかのような凄まじい悪臭が宙を漂い、鼻腔を突き刺す。
反射的にうちは両手で口を押えていた。床に身を横たえたまま嘔吐しそうになって。もう、そのまま気を失いたいとさえ思った。だけど、できなかった。
目が合ったからだ。球体の裏面に隠れていた人間のそれにそっくりな瞳孔と。まぶたは二重で、ご丁寧なことに長いまつ毛まで生えている。その姿にうちはお父さんが貸してくれた、昭和の怪奇漫画を思い出す。正確に言えば、その漫画に登場する悪役をだ。
真っ黒な球状の姿形をしていて、そこから枝のような突起物を放射状に伸ばした一つ目の巨大な妖怪。怪異とは日常的に遭遇しているうちだけど、こんな怪獣モドキは生まれて初めてだ。一目で大物だとわかる。
うちがそこまで考えた時、グワッと球体の瞳がひときわ大きく見開かれた。それは血走り、白目のところに細い血管がいくつも浮き出ていた。リアルタイムで発狂した人なら何度か見たことがあるけれど、それにそっくり。
「お前らは逃げられない」
またアキミチ君が――亡者が球体とうちを交互に見比べながら言った。
「お前らも僕とおんなじだ。あいつに睨み殺される。心を壊されて、命を喰われるんだ。僕は自分で自分のお腹を切り裂いた。お前らのハラワタはどんな色をしているのかなぁ?」
ひひひひ、と耳障りな声。うちらを嘲笑いながら、だけどアキミチ君は咽び泣いていた。
「どうして、僕が死ななきゃいけないんだよ。毎日、クラスのやつらに殴られてからかわれて犬のフンまで食べさせられそうになって。オカルトや怪談話の収集っていう、やっと本気でのめり込める趣味で人気者になろうとしたのにさ。あんな奴に見込まれて操られて自分で自分を切り刻んで、ハラワタを引きずり出して。怪談に入り込み過ぎた僕が馬鹿だって言うのか!?」
「アキミチ君……」
泣きじゃくるモウジャに何か言おうと、うちは口を開きかける。だけど何も出てこなかった。言葉で他人が救えるほど、この世は甘くないとうちも分かっていたから。たとえ、生きていようと死んでいようと。
「だから、だから……」と、アキミチ君が獣のような唸り声をあげる。そこには煮えたぎるような憎悪と殺意が押し込められていた。
「お前らも――、死ねよ」






