テラーノベル
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「ぐはぁ……ッ!」
左腕が、あり得ない角度で捻じ曲げられる。自分の服の中から突き出した「手」は、万力のような力で俺の骨を蹂躙していた。まずい、このままじゃ腕が――いや、肩ごと持っていかれる。
「ははは! ほらどうするの? 選ばれしNo.1さん。俺っちの懐(なか)で、無様に踊り狂ってよ!」
覚醒者の嘲笑が耳を打つ。……チッ、こうなったら、あの薬を使うしかねぇか。副作用なんて知ったことか。俺は残された右手を、コートのポケットへと伸ばした。だが。
「知ってるよ。奥の手の薬だろ? ……飲ませるわけないじゃん」
確信に満ちた、嫌な声。次の瞬間、俺が薬を掴もうとした『自分のポケット』の中から、冷たい指先が這い出してきた。
「な……ッ!?」
指先が俺の薬を掠め取り、そのまま虚空へと消える。数メートル先に立つ男が、ポケットから取り出したのは――俺の唯一の希望だったはずの、銀色のカプセルだ。
「詰んだな……。ナンバーズ最強のNo.1も、覚醒者である俺っちの前ではただの木偶の坊だ。ざまぁないね」
覚醒者が俺の薬を弄びながら、勝ち誇ったように笑う。その時、背後から緊張感のない声が届いた。
「えぐ……。助けようか? 」
レイだ。あいつは相変わらず、俺の絶望的な状況を『観察』していやがる。
「俺に助けは必要ない! 自分で何とかして見せる、黙って見てろ!」
「でも、このままじゃ腕、折れちゃうよ?」
「こいつをぶっ飛ばすためなら、腕の一本くらい、くれてやる!」
俺は折れかけた腕の激痛を、無理やり脳の奥に押し込んだ。そうだ、考えろ。奴は今、俺の腕を『折ること』に固執している。
圧倒的な能力を持ちながら、一撃で俺を殺さずわざわざ時間をかけて甚振ろうとしている。これだ。この『傲慢』こそが、この理不尽な能力の唯一の隙だ。
折られる瞬間の『隙間』さえあれば、俺の拳は奴の喉元に届く。
「ギギッ……!」
骨が悲鳴を上げる。だが、その音を聞いた男は、苛立ちを隠せないように眉をひそめた。
「チッ、意外と硬いな……。でも無駄だよ、No.1。君のクソみたいなプライドと一緒に、粉々に砕いてやる!」
バキィィィッ!!
左腕の感覚が、衝撃と共に消え失せた。骨の砕ける嫌な音が頭蓋に響く。
だが、俺はこの瞬間のために意識を研ぎ澄ませていた。腕の一本、くれてやる。その代わり――お前の命を貰い受ける。
「今だ……ッ!」
俺は折れた左腕を無視し、右の拳に全体重を乗せて踏み込んだ。
一気に距離を詰める。奴の喉笛を粉砕するための最短ルート。俺の野性が導き出した、唯一の正解。
だが、殴り飛ばす寸前。男は冷え切った笑みを浮かべ、ポケットから手を抜かずに呟いた。
「おい。知ってたぞ? No.1が、腕を犠牲にしてでも詰めてくることくらい」
――っ!?
俺の視界が、突如として闇に包まれた。自分のシャツの襟元から、再びあの「手」が這い出し、俺の両目を背後から覆い隠したのだ。
「しまっ……!」
視界を奪われた一瞬のラグ。それは、この場においては致命的なバグでしかない。男は軽やかなステップで俺の背後に回り込み、無防備な俺の膝の裏を、力任せに蹴り抜いた。
「ぐはぁッ!」
姿勢が崩れ、俺は冷たいコンクリートに膝をつく。無様に地を這う俺を見下ろして、覚醒者は心底楽しそうに肩を揺らした。
「熱血バカってとこか。……少しは頭を使えよ、こんな雑魚がNo.1笑わせるぜ」
嘲笑と共に、男が俺の頭を踏みつけるように見下ろした。
「ほら、もっと頑張れよ。そしてもっと絶望しろ。俺っちを捨て、お前を選んだ研究所が、泣いて後悔するくらいにな!」
くそ……。俺の単純な突進じゃ、奴の能力には届かない。
視覚を奪われ、腕を折られ、地に伏した俺を、レイが相変わらず冷めた目で見ている。
「No.1、ハンデやろうか?」
「いらねぇよ……。」
「強がるなよ」
奴に勝つには、奪われた薬を取り返すしかないのか?
いや、考えろ。俺は覚醒者じゃない。こんなあり得ない怪物を相手にするなら思考を止めるな。
シオリにも能力の発動条件があった。それならこいつにもあるはずだ!
こいつは戦闘になった瞬間から常にポケットに手を入れている。
「なぁ……。いつまでもポケットに手を突っ込んでないで、本気で殺しに来いよ。それとも、手を出したら死んじゃう病気か?」
俺の挑発に、男の笑みが一瞬だけ硬直した。
「……嫌だね。このスタイルでも、お前を蹂躙するには余裕すぎるんだよ」
ビンゴだ。あの僅かな淀み。
奴がポケットから手を抜かないのは、余裕をぶっこいているからじゃない。「手をポケットに入れること」こそが、あの理不尽な空間ハックの発動条件なんだ。
「……あぁ、そうかよ。正解が見えたぜ。お前のその『隠し持った不自由』、今すぐ俺が引きずり出してやる」
だが、その正解を形にするには、俺にとって最も耐え難い『不自由』を受け入れなきゃならない。こんな手を使うのは嫌だ。俺のプライドが、スーパースターとしての俺が「NO」と叫んでやがる。
……いや、違う。なぜ俺はナンバーズになった?こいつらをぶっ潰し、再び光り輝くステージへ戻るためだろ。
今、俺はこの瞬間に――安っぽいプライドを一つ、ゴミ箱へデリートした。
「……参った。俺の負けだ」
俺は地面に突っ伏したまま、消え入りそうな声で呟いた。
「もう、反撃する力も残ってねぇ……。好きにしろ。殺せよ」
「は……? もうやる気失くしたのかよ。プライド高そうなお前が、負けをそんなすんなり認めるなんてさ。……つまんねーやつ」
覚醒者は拍子抜けしたように吐き捨て、俺の首筋を冷徹に見下ろした。
「いいぜ。最後に情けだ。俺っちのこの『手』で、しっかり地獄へ送ってやるよ」
奴が、自慢げにポケットから右手を引き抜いた。その瞬間、俺の視界を覆っていた『空間ハックの手』が霧散し、光が戻る。
男は手を鋭い手刀の形に振りかぶり、俺の喉元へ向けて一気に振り下ろした。
「じゃあな、No.1」
振り下ろされる手刀。だが、その速度は、俺の『執念』が上回っていた。
「今だ……ッ!」
俺は地に伏せたまま、右手に握りしめていた砂を、奴の顔面目がけて全速力で叩きつけた。
「うわぁッ!? 目が、目がぁッ!」
不意を突かれた男が、反射的に両手で顔を覆う。ポケットから手が離れた。……その瞬間、俺の全身を縛り付けていたあの不気味な空間の束縛が、完全にデリートされた。
「どうだ? 前が見えない気持ちはよ……。お前が俺に味合わせた絶望の、ほんのお裾分けだ」
俺は折れた左腕を吊り下げたまま、右の拳に怒りを込め、男の腹部へと渾身の一撃をめり込ませた。
「ガハッ……!? お、お前……プライドは……」
「あぁ? 敵に自分から負けを認める程度のプライドなんてな……。再びスーパースターに戻るっていう俺の執念に比べれば、ゴミみたいなもんだぜ」
吹き飛ぶ男を見据え、俺は口元の血を拭って不敵に笑った。
「さあ、待たせたな。……ここからが、本当の『第二ラウンド』開始だ」
コメント
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いやあ、熱かったですね…!第21話、読んでて拳に力入りまくりました。No.1のあの泥臭い執念——プライドをあえて捨てる選択、カッコよすぎます。覚醒者の「ポケットに手を入れる=発動条件」を見抜く観察眼も、脳筋かと思わせて実は頭を使うギャップがたまらない。レイの「助けようか?」のクールさも絶妙なスパイスでしたね。次が気になります!