第14話:トキヤの過去
夕暮れの校舎裏。
風に揺れるフェンスのそば、天野ミオは体育倉庫の影で大山トキヤと向かい合っていた。
今日のトキヤは制服のジャケットを羽織らず、黒のシャツだけ。
いつもより少し疲れた目をしていて、髪も整っていなかった。
ふたりのあいだに沈黙が流れる。
やがてミオが口を開いた。
彼がカードを使わない理由を、ずっと気になっていた。
非カード主義と呼ばれていても、誰かを好きにならないわけじゃないと、ミオは知っていた。
トキヤはポケットに手を突っ込んだまま、少しだけ顔を上げる。
その声は、低く静かだった。
かつて彼には、好きな人がいた。
中学のとき、同じ委員会で毎日顔を合わせていた少女。
その頃は恋レアのβ版がテスト配布されており、トキヤも好奇心で手にしていた。
彼が使ったカードは《沈黙演出》。
本心を言葉にできない感情を、相手に“伝える演出”だった。
放課後、彼はそのカードを使った。
ふたりきりの図書室で、視線を合わせずに、ただそばにいるだけの時間。
カードは確かに発動した。空気が揺れ、感情が染み渡ったように感じた。
だが翌日、その少女はクラスの男子と《公開告白演出》を使い、関係を結んだ。
トキヤの《沈黙》は、何も伝わっていなかった。
そればかりか、アプリには“発動成功”のログだけが残り、
「告白した気になった自分」が、そこに記録されていた。
彼はその瞬間、知った。
演出は気持ちを補うものではなく、気持ちに“勝手な形”を与えることもあるということ。
カードが成功したからといって、相手の心が動くとは限らない。
本当の気持ちは、記録にも、再生にも乗らないことを。
その日を境に、彼はカードを使わなくなった。
アプリも削除し、再登録もしていない。
ミオは静かに彼の言葉を聞いていた。
制服の袖を少しだけ握りながら、前髪越しにトキヤを見つめていた。
カードが発動しても、伝わらないことがある。
だからこそ、彼は“演出”ではなく“行動”を選ぶようになった。
それは、不器用だけれど、確かな恋の形だった。