テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
優人が近づいても、七星は気づく様子もなく、夢中で何かを探していた。
(落とし物でもしたのか?)
もともと困っている人を見ると放っておけない性格の優人は、思わず声をかけた。
「何か探してるの?」
その声に、七星がはっとして体を起こし、振り向く。
しかし、不思議そうな表情のまま言葉が出てこない。
優人はもう一度問いかけた。
「何か探してるんですか?」
ようやく意味を理解したように、七星が口を開く。
「あなたは病院の……」
自分に声をかけた相手が誰なのか気づいたらしく、七星はそう言った。
その反応に、優人は少し驚く。
これまで、優人のことを忘れる人などいなかった。
端正で甘いマスク、名医としての落ち着いた雰囲気、穏やかな性格ながらも自然と漂う存在感。
女性だけでなく男性までもが惹きつけられるほどだ。
だからこそ、七星が最初に優人を見ても誰だか分からず、不思議そうにしていたことは意外だった。
この年頃の女性にとって、自分はそれほど印象に残らないのかーーそんな現実を突きつけられたような気がした。
「脳神経外科の尾崎です。さっきはどうも」
「……どうも」
「で、何か落とし物?」
「えっ?」
「だって、必死に何かを探してたから……」
ようやく意味が伝わったのか、七星は「ああ」と言って立ち上がった。
そして、ジーンズについた草を払いながら言った。
「つくしを採ってたら、テントウムシを見かけたので、つい……」
「テントウムシ?」
「ナミテントウ! 星が二つの可愛いやつ。ナナホシは何度も見たけど、ナミはこの春初めてだったから……」
「……そう……なんだ」
そのとき優人は、テントウムシなんて子供の頃以来見ていないことに気づく。
興味を引かれた優人は、七星のそばにしゃがみ込み、彼女が探していたあたりの草むらを覗き込んだ。
その様子を見て、七星が言った。
「たぶんもういないと思いますよ。さんざん探しても見つからなかったから」
興味を失ったように言うと、七星は今度、周囲のつくしを採り始めた。
それを見て、優人が尋ねる。
「え? つくしを採ってどうするの?」
「食べるに決まってるじゃないですか」
「ええっ! つくしって食べられるの?」
その問いに、七星は呆れたように口を開いた。
「先生、食べたことないんですか?」
「うん」
「へぇ~……ちなみに先生の出身は?」
「東京」
「ああ、だから……」
七星はそう言うと、最後にもうひと掴みつくしを収穫して立ち上がった。
「このくらいでいいかな……。じゃあ私は帰りますね。先生、またね」
「さ、さよなら」
優人がボソッと返したときには、七星はすでに土手の向こうへ姿を消しかけていた。
彼女の姿が見えなくなると、すぐに爆音が響き、バイクが走り去っていく音が聞こえた。
土手にひとり取り残された優人は、思わず苦笑する。
「いったい何だったんだ?」
そう呟いた瞬間、優人の肩のあたりから何かがブーンと飛び立った。
「あ、ナミテントウ!」
そのテントウムシは、まだ明るい空にぽっかり浮かんだ月の方角へ向かって、大きく羽ばたいていった。
その頃、七星はひっそりと民家が立ち並ぶ集落の道を走っていた。
彼女が暮らしているのは、祖母と二人で過ごした家だ。
家自体は古いが、土地だけは広く、周囲には田畑が広がりその一部は家庭菜園になっている。
今、田畑は人に貸しているが、いずれは自分が引き継ぎたいーー七星はそう思っていた。
しかし、最近の物価高で肥料が高騰し、農作物を作れたとしても生活できるほどの収益は見込めない。
だから今、七星ができるのは、家庭菜園が精いっぱいだった。
幼い頃、父親は母以外の女を作って家を出て行った。
離婚後、絶望した母親もまた別の男を作り、家を出て行った。
当時まだ小学生だった七星は、母親の実家である祖母の元へ預けられた。
それ以来ずっと祖母と暮らしていたが、その祖母も三年前に他界した。
祖母が倒れて救急車で運ばれたとき、七星はまだ二十一歳だった。
高校卒業後はスーパーで働いていたが、あまりの手取りの少なさに絶望し、水商売の道へ進んだ。
祖母は反対したが、祖母を養うために十分な収入が必要だった。
商売柄、身なりは派手になり、祖母のもとへ駆けつけたときもミニスカートに金髪という姿だった。
病院の職員や看護師たちからじろじろと見られたが、死にかけている祖母を前に、そんな視線を気にしている余裕はなかった。
そして七星の願いもむなしく、祖母は病院で息を引き取った。
***
祖母が霊安室に運ばれるまでの間、七星は薄暗い夜の待合室にひとりぽつんと座っていた。
そのとき、病棟から杖をついて歩いてきた患者が目の前を通り過ぎた。
七十代ほどの男性は、突然七星の前でつまずいて転んでしまう。
思わず七星は駆け寄り、男性を助け起こした。
すると、男性は彼女に向かって言った。
「ああ、美咲ちゃん、来てくれたんだね。ありがとう」
「美咲?」
「ははっ、何を驚いてる。お前の名前じゃないか」
「えっ、私、美咲じゃないけど……」
「何ばかなこと言ってるんだ。お前は俺の孫の美咲だろう?」
その瞬間、七星は男性が認知症なのだと気づいた。
以前テレビで『認知症患者の言動を否定してはいけない』と聞いたことがある。
だから七星は、男性に話を合わせることにした。
「ああ、おじいちゃん。そうだよ、美咲だよ。おじいちゃんのことが心配で、お見舞いに来たの」
すると、男性は目を細め、嬉しそうに微笑んだ。
「そうかそうか、ありがとうな。お前は本当に優しい子だよ」
「ふふっ、そうでもないよ。さ、おじいちゃん、部屋へ戻ろうよ」
そのとき、男性患者を探していた看護師が息を切らして駆け寄ってきた。
「あらあら、伊藤さん、ここにいたのね。病室にいないからびっくりしたわ」
「ははっ、悪かったね。孫の美咲が会いに来てくれたんで、ちょっと抜け出したんだわ」
看護師は不思議そうに七星を見る。
七星は男性に気づかれないよう、そっとウインクで合図した。
「あ、ああ……そうだったのね。だったらしょうがないわね。でも、もう遅いからお部屋に戻りましょう」
「そうだな。じゃあ、美咲、またな」
「うん。おじいちゃん、お大事にね」
男性患者は満足そうにうなずき、にこにこと笑顔を浮かべながら看護師とともに病棟へ戻って行った。
ひとり残された七星は、ふーっと息をつき、再び待合室の椅子に腰を下ろした。
***
あのとき、偶然その場を通りかかった看護師長・小山内が一部始終を見ており、七星を看護助手としてスカウトしたのだった。
そして今、七星は水商売を辞め、湊総合病院で看護助手として働いている。
家に着いた七星はバイクのエンジンを切り、古い平屋の中へと入っていった。
コメント
13件
七星ちゃんは苦労して生きてきたんだね!金髪だったのも事情ありで。。 優人さんの外見に靡かない七星ちゃん💕打算とかなく心が清らかでキレイなんだろうな🥰
七星ちゃん、実はかなりの苦労人…😢 その見た目でヤンキー扱いされていたけれど本当は、お祖母ちゃんに対しても、患者さんに対しても、すごく優しい子なのですね✨️ 七星ちゃんが気になって仕方がない優人さん… これから少しずつ、七星ちゃんの為人を知っていくのでしょうね🍀
七星ちゃんの金髪etcはお家の苦しい事情とおばあちゃんを守るためで苦労したんだね🥹 土手でテントウムシを追いかけながらつくし取りに勤む見た目が派手な七星ちゃんに惹きつけられる優人先生🤭心根の優しさは美奈子さんと同じってことに気付いたかも🌸
#幼なじみ