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#怪異
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#和風ファンタジー
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#怪異
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2026年7月23日午後4時15分/■■県童ノ宮市湯湯山町東新大群■■―■■ 童ノ宮神社・社務所待合室/塚森キミカ
「――それでね、ももたろーのマネっこしてたらママがマー君はおしばいジョウズだねってほめてくれたの」
「そうなんだ……。マー君はママが好きなんですねー」
「うん! 大好きー!」
目の前でマー君こと栗原マキオ君と姫宮アンナさんが談笑している。
姫宮さんは所属する白虎機関内に設立された大学で、教育関係の資格をいくつか取得済みらしい。そのせいか、マー君みたいな小さい子の相手も上手だ。物腰も柔らかく、人当たりも良いから幼稚園や学校の先生になったら似合いそう。
と、右の頬に針を差し込むような痛みがズキッと走る。思わずうちはそこに手を当てていた。今朝殴られた箇所がまだ熱をもってうずいていた。
小さくため息をつきながら壁に掛けられた時計を見る。
お父さん達がマー君のお母さん――、栗原ミサキさんの祓除の儀式を始めるまでもう少し時間がある。
ホンマはうちも儀式に立ち会って見守りたかったけれど満場一致で却下されてしまった。その場にいた大人全員。お父さんやゼナ博士、リョウにも。
なんでやねん、と思った。今、この瞬間も思っている。
いざとなれば、うちの神孕みの外法がみんなの役に立つのに。
「――いいかいキミカ。外法はキミカ自身が絶体絶命の危機に陥らない限り、たとえ目の前で誰が死にかけていようと絶対に使ってはダメだからね。キミカは他人よりもまず、自分を一番に尊重しないと。もしこの約束が守れないなら、不本意で悲しいけれどお父さんとキミカは家族でいられないかもしれないよ」
そんな言葉とともにお父さんから向けられたあの眼光を思い出し、うちは小さく身震いする。普段は人が良く、優しさが服を着て歩いているようなお父さんだけど、この時は息が苦しくなるほど冷徹な目をしていた。
確かに、神孕みの外法を使えばうちの身体は四肢爆散する。だけど、それは一時的な話。うちの魂は神様が保護してくれるし、事が片付けば身体も傷一つ残さず回復してもらえる。
つまり、うちは死んでも生き返る。だから、どんな大怪我を負ったって大丈夫なのだ。
だけど、お父さんはそういう問題じゃない、とお父さんは譲ってくれない。リョウも同じこと言うし、なぜか塚森家や外法とは関係がないゼナ博士まで口をそろえる。
何がダメなのか、うちにはサッパリだけどアカンもんはアカンということらしい。
とは言え――儀式が執り行われている間、子供だけにするのは安全面で不安が残る。というわけで、うちとマー君はここ童ノ宮の社務所で保護されていると言うわけ。
直接的なお目付け役が姫宮アンナさん。
社務所の外では青龍機関から派遣されてきた警備員の人達が四人一組五チームの計二十人で守りを固めてくれている。
うちが知っている案件のなかでも一、二を争う程の重警備だ。
なんか悪い夢でも見ているみたいやな、とうちは思った。三日前まで塚森家の一員としてミサキさんとマー君の案内役を頑張ろうと張り切ってたのに、なんでこんな……。
「――ねーねー、キミカちゃん。何してるのー?」
不意に声をかけられ、うちはハッと顔をあげる。
マー君だった。いつの間にか、満面の笑みを浮かべたマー君がすぐそばに立っていた。
ふと、その表情が曇り――
「……キミカちゃん。お顔、まだ痛い?」
「え。あ、ああこれ。……もう平気。冷やしてもろて腫れもほとんど引いたし」
「ごめんね。ママがキミカちゃんのこと叩いて……。キミカちゃん、何も悪くないのに……」
「ち、違うで」
みるみるうちにマー君の瞳に涙があふれだす。
慌ててうちは言った。
「うちを叩いたのはミサキさん違うから。これは怪異――悪いお化けがマー君のお母さんそそのかしてやらせたんやで」
「……ほんと?」
「うん、せやから泣かんでええんやで……」
マー君の頭をさすりながら、ふと今朝のことを思い返す。
あんな酷い場面――、自分の母親が友達に馬乗りになって何発も殴りつけるような凄惨な場面を目の当たりにしてしまったのだ。
泣くな、と言う方が無理な話だし、マー君みたいな小さい子供なら状況が理解しきれず、トラウマになっても不思議じゃない。
今考えれば……ミサキさんには怪異に憑依された人の特徴もいくつか現れていた。短い時間とは言え、近くにいたのに全然気がつかなかったうちはやっぱり使えない子やと自分でも思う。
「キミカちゃん、それにマー君も――、ゲームでもしませんか?」
姫宮さんがうちらに声をかけてくる。姫宮さんは部屋の隅に積まれたボードゲームの箱の山を複数抱きかかえていた。
神社の社務所にどうしてそんなものがと疑問に思われるだろうが、厄除け・火伏せ、憑き物落としの神様で有名な童ノ宮を訪れる崇敬者は日本全国にいる。
御祈祷を受けるため、ここで何組もの人に待機してもらうことも少なくない。そんな時、少しでも緊張を解し暇潰しになればとお父さんが用意したものらしい。
わざわざ神社に御祈祷を受けに来ておいて、そこで順番が来るのを待たされたからと言って暇潰しというのもどうなん、って気がしなくもないけれど。
「儀式が終わるまで、後どれぐらいかかるかわかりませんし……。あまり緊張状態が続くのもよくないかなぁって」
うちがボンヤリしていたから姫宮さんは気を遣ってくれているらしい。
ちょっと恐縮しながらも、うちはドンジャラと大きく書かれた箱を選んでいた。
ドンジャラは1980年代、玩具メーカーのポピー(現・バンダイ)から発売されたボードゲームの定番アイテム。発売開始から五〇年近くたっても人気の衰えない超ロングセラーだ。
「……マー君。ドンジャラの遊び方って分かる?」
箱から専用の卓と牌がギッシリ詰まった袋を取り出しながらうちは訊ねていた。
「基本的に同じ絵柄を三枚そろえたらええんやけど……。最初の二戦ぐらいは練習したほうがええかな?」
「ううん、大丈夫」
ニコッと微笑んだマー君の瞳が一瞬、グルリと回転し――
「ルールなら遊びながら、私がマキオに教える。キミカちゃんは気にしなくていいよ」
突然、マー君の表情と口調が大人びたものに変わる。
少なくともまだ六歳の幼児のそれとは思えない。
「それより早く始めよう。……あの御方の記憶を通してルールは知っているけれど、実際に遊ぶのはわたしも初めてなんだよね」
「ビ、ビックリしたぁ……。あ、あの、デイジーチェーンさん、ですよね? 私は――」
「姫宮さん、私のことは呼び捨てにしてくれていいよ。何しろ私は生まれたばかりの赤ん坊だから……」
突然のことに緊張しているのか、声をうわずらせている姫宮さん。
ジャラジャラと音を立て牌を卓の上で描き増せながら、マー君、いやデイジーチェーンが屈託のない笑い声をあげる。
彼は童ノ宮の神様、稚児天狗――その分け御霊が生み出したある種の擬似人格だ。
凶悪な怪異によって殺害され、川に流されたマー君こと栗原マキオの魂を救うため、稚児天狗の分け御霊はその記憶と人格を取り込み、新たな肉体をまとって現世に舞い戻った。
だけど齢千年を超える強大な神様の精神と直接つながれば、まだ幼く脆弱なマー君の意識は、神様にその気はなくとも、上書きされかねない。
それを避けるための装置、中継器の様な存在なんだとは本人の弁。
呼び名がないのは不便だし、何となくかわいい響きだと思ったから、うちが彼をデイジーチェーンと名付けたが、本来それはIT用語で数珠繋ぎと言う意味らしい。
「つまり、それは……。この例えが適切かどうかは分かりませんけど、一台のパソコンにマキオ君、デイジーチェーン、童ノ宮の神様の分け御霊という三つのOSが同時にインストールしているようなものでしょうか?」
「そういうこと。基本、この身体の主導権はマキオに持たせてあげたいんだけど――、あの子がその時抱いた感情によっては、私やあの御方が飛び出してきちゃう。まあ、バグみたいなもんだね」
「ちなみに今、マキオ君の意識は? 所謂、スリープ状態でしょうか?」
「いや、ちゃんと起きてるよ。マキオはまだ子供で自他の境界線が薄いから、あなたと喋っているのは私ではなく自分だと認識しているんじゃないかな? ……もっとも会話の内容までは理解できないだろうけど」
「それは――、辛いですね。自分に何が起きているのか理解できず、マキオ君、ずっと混乱していたでしょうね……」
混乱か。確かにそうやろうな、と思いながらうちは牌を切る。
だけど、それを言うならお母さんのミサキさんだって、マー君と同じようにいやそれ以上に混乱し、恐怖し、絶望のどん底にいたと思う。
童ノ宮の神様とデイジーチェーンがもっと気を利かせてミサキさんに状況を説明してあげていれば……。
いや、無理か。うちは人の親になったことはないけれど、その気持ちを想像することぐらいはできる。
あなたの大切な息子さんは本当はもう死んでいて、今ここにいるのは神様の再生態です、と打ち明けられて普通のお母さんが耐えられるわけがない。事実、ミサキさんはそれで生じた心の隙に付け込まれた……。
そして、この儀式の成否がどうであれ、もうすぐマー君は――。
無言のまま、うちが手にしたのはオールマイティー牌だった。トランプで言えばジョーカーの札と同等、だろうか? 現状、手の内はあまり良くないが逆転一発を信じて隅に並べて立てておく。
そうしている間にもデイジーチェーンと姫宮さんの会話は続いていた。
「ところで――、姫宮さんって怪異の研究者なんだよね?」
「え? ……え、ええ、まあ。研究者というよりは勉強中の身ですが、現在は柴崎ゼナ博士の助手として、怪異の研究機関である白虎機関に籍を」
「だったら、今の私達を何と呼ぶ? まあ、偽マキオっていうのが最適だとは思うけど、それじゃあんまりだからね」
「そんな偽物だなんて、誰も言ったりしませんよ……」
「それはいいからさ。研究者として、ここは一つ前向きになれるようなネーミングを付けてみてよ?」
「そ、そうですね。やっぱり、ここは伝承にちなんで権現……。いや、ここは『ごんげん』とひらがな表記するとか……」
「おっ、いいねぇそれ。ひらがなって何となく可愛いし、マキオにもあってるかも――」
黙ったまま、うちは牌を引く。同じ背景色、同じ絵柄の牌が三枚一組で3セット、9枚そろう。あがりだった。
「ドンジャラ。――とか言うてる場合ちゃうやろ……」
異様なまでに胸がムカムカしてくるのを覚えながら、吐き捨てるようにうちはそう言った。と、さっきからグラグラしていた前歯が一本折れ、血の塊と一緒に吐き出されていた。
姫宮さんが顔色を真っ青にしながら立ち上がっていた。
「た、大変! キミカちゃんの歯が……!」
「ほっといてや。うちのことなんか、今どうでもええやろ」
呻くように言って、上目遣いにジロッと姫宮さんに視線を送る。面倒を見てくれている大人に対して良くない態度だと言う自覚はある。
だけど、うちはもう自分で自分が押さえられなくなってきていた。まだ、自分にも壊れる余地があったのはちょっとした驚きだったけれど。
「キミカちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
「大丈夫なわけないやろ。アホなんか、あんた」
心配そうに歩み寄ろうとしたデージーチェーンにビシッと指を突きつけ、うちは拒絶の意思を示す。
「現象への命名とか、ひらがな表記とか言うてる場合ちゃうやろ。なんなん? この雰囲気? みんなして冷静になって、やるべきことをやりましょう、みたいな感じ? そら、うちかてミサキさんを怪異に殺されたくないで? せやけど――」
うちはそこで息を止める。脳裏に閃光が炸裂するような感覚がして、今朝見たショッキングな光景がよみがえってくる。
今もマー君は長袖の服を着て隠しているが、その下は――腕の肉は腐り崩壊が始まっている。普通なら一秒でも早く病院に駆け込んで措置を受けなければならない状況だ。
「マー君が――あんたらがまた死ぬんやったら意味ないやんか!」
「キミカちゃん。この話なら、もう結論が出たはずだよ……」
思わず叫んでしまったうちにデイジーチェーンがため息をつく。
……そういうところや。ホンマに腹が立つ。
生まれて一年しか経っていない赤ちゃん、とか言ってたくせに。これじゃどっちが年上かわからへん。
「そもそもこの身体は母上様を守りたいと言うマキオの願いをかなえるため、あの御方が全エネルギーを費やして造り出したものなんだ。だから、どの道、長く持たないことはマキオだって覚悟しているし……」
「はぁ? なんやそれ? そんな覚悟、うちはできてへん!」
声を荒げてすぐ――、デイジーチェーンの顔が泣きだしそうに歪むのを見てうちは血の気が引く思いだった。
だから矛先を、噛みつく先を変更する。
「姫宮さんも! 他人事みたいな顔しとらんと何とかしてや! マー君を、マー君たちの身体を治したってよ! 姫宮さん、ゼナ博士と同じ白虎機関の人なんやろ! 霊毒の除去ぐらい、お茶の子さいさいちゃうん!」
「そ、それは……」
青ざめた顔のままうつむき、姫宮さんが唇を噛む。思った通りの反応。
姫宮さんは決して優しいだけのお姉さんじゃないけれど、怖いだけの人でもない。それが分かった上での八つ当たり。うちは何処までも卑怯で嫌なクソガキだった。
「もうええよ! みんな大嫌いや! どっか行け! そんなんやったら最初からうちの前に現れんな! ふざけんな! アホ!」
もう、滅茶苦茶だ。十三歳にもなってウリは泣き喚き、床にしゃがみこんで足をバタバタとさせていた。
全くもってみっともない。誰か、ぶん殴ってでもいいからうちのこと止めてくれへんかな、と思った時だった。
「――すまぬ、キミカ」
小さな腕が伸びて来て、しっかりと頭を抱きかかえられていた。思わずギョッとして、うちは相手を見返す。
……デイジーチェーン? いや、この感じはもっと老練で強大な――。
「やはり、お前達氏子を巻き込むべきではなかったな。……だが、許しておくれ。まろにはマキオの願いを叶える術を他に持たぬのだ」
頭のすぐ上で子供の声が聞こえる。舌足らずだけど朗々として、威厳に満ちた稚児天狗の肉声が。
そんな謝り方はズルいで神様。それに今、うちが欲しいのは謝罪なんかやない。うちが求めているのは――。
そう反論したかったが、できなかった。頭を抱きかかえられたまま、うちはお湯で溶かしたように全身から強張りが消えていくのを感じた。自分でも気がつかない内に信じられないほど力んでいたらしい。
気がつけばうちはすっかり鎮静化し、スンスンとすすり泣いていた。
そんなうちの頭をなでながら、マー君の姿をまとった童ノ宮の神様がまた言った。
「母上様は必ずお救いし、マキオの魂は必ず守り抜く。そなたのこともだキミカ。……だからもう少しだけ、まろのことを信じておくれ」
コメント
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うわ、めっちゃ重い回やった……。キミカちゃんの怒りと悲しみが痛いほど伝わってきて、こっちまで胸がギュッてなったわ。特に「マー君があんたらがまた死ぬんやったら意味ないやんか!」って叫ぶシーン、ほんまにグサッときた。子供ながらに全部わかってて、でもどうにもできへんもどかしさがひしひしと。最後の稚児天狗の「信じておくれ」にはちょっと救われた気がするけど、まだまだ安心できへんな……。続きが気になるわ🔥