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みぅです🤍🥀 今回も読み終えました。 祈祷所の清掃から始まる儀式の準備、そして塚森レイジさんの内面――キミカさんを傷つけられた怒りと罪悪感がすごく丁寧に描かれていて、胸がぎゅっとなりました。特に、「ほんのひと時、殺意を覚えていた」と自覚するところ、人間くさくて苦しくなるのに惹かれました。 錫杖を持ったリョウちゃんの登場で、一気に臨戦ムードになったのも熱いですね。次、どうなるのか気になりすぎます…!
2026年7月23日午後4時32分/■■県童ノ宮市湯湯山町東新大群■■―■■童ノ宮神社・祈祷所/塚森レイジ
耳をつんざくような排気音が祈祷所に響いている。青々とした畳に掃除機――コードレス、ドッグで充電すれば二十四時間持つタイプ――のヘッド部分を畳に押し当て、そのままゆっくり歩を進める。真っ直ぐに。部屋の端から端まで。
祓清の儀式は清掃に始まり清掃に終わる。 先代当主・塚森シンイチロウ、つまり私の父親の言葉だ。
漫画やアニメと言った娯楽作品の影響なのか、勘違いされていることも多いがお祓いとは本来、怪異を討伐することではない。
手段としてそういうことが必要になったとしても、目的は怪異自体をどうこうすることじゃない。ケガレは気が枯れる事であり、儀式の目的はその原因を取り除いて弱った生命や心を修復することだ。
今回のことで私の娘――キミカは手酷く痛めつけられ、心身ともに深く傷ついてしまった。それを目の当たりにして、私自身、身の内に深刻なケガレを抱え込んだことは自覚している。
仏教用語でいう瞋恚を。人間を破滅へと導く三毒の一つ。つまり見境のない激しい怒りを。
キミカと私に血の繋がりこそないが、この七年間、私はあの子とともに家族としての絆を育んできたつもりだ。一つ一つ、大切に。あの子の腫れあがった顔を見た時、その全てを踏みにじられ嘲笑われた気がした。
ほら見ろ言わんこっちゃない。お前は誰一人守れやしないんだ――。
耳朶の奥で喉を鳴らすような声が聞こえた気がして、私は掃除機を動かす腕を石のように固く強張らせていた。
そうしなければ誰彼かまわず八つ当たりしたくなるような病的な苛立ちがこみ上げ、掃除機を掴んで持ち上げ床に叩きつけてしまいそうだった。
大きく息を吸っては長く息を吐き――、呼吸を整え、どうにか私は心を鎮めていた。
それから、床に魔よけの八角紋が大きく描かれた祈祷所の真ん中に目を向ける。八角紋の角一つごとに置かれた灯明の幽かな揺らぎに囲まれ、若い女性がそこに座している。
彼女は今回、祓清の儀を受ける栗原ミサキさん。
身を清めた後、白装束に着替えたミサキさんはこちらが貸し出した護符を力なくにぎりしめ、ただ虚空を見つめていた。
恐らく本人は無自覚のままなのだろう。涙が後から後へとこぼれ落ちている。ブツブツとつぶやき続けているのは彼女の息子さん、マキオ君の名前だろう。
そんな彼女の姿に胸が締め付けられるのと同時、私は罪悪感で一杯になっていた。ほんのひと時、不可抗力とは言え、ここまで追い詰められ弱りに弱り果てた女性に対し、私は明白な殺意を覚えていたのだ。
そして、実際キミカを傷つけたのは彼女の責任ではなかった。
少なくとも怪異に憑依されていない、本来の栗原ミサキさんはそんなことができる人間ではなかった。
俗世の人ならまだしも――、神に仕える者として自分が浅はかで未熟であると痛感せざるを得なかった。
「……そろそろ時間が近づいて来たね」
部屋の隅からそう声をかけてきたのはミサキさんとは別の女性。ショートカットと眼鏡がよく似合う、以下にも理知そうな顔立ちの。白い上着に袖を通していることから研究畑の人間であることが分かる。
彼女は部下に命じて観測用の定点カメラや霊毒測定器など様々な機材をこの祈祷所に持ち込んでいたのだが、その最終チェックを終えたらしい。
「いつも通り、データ採集には協力してもらうよ。祓除の場において霊毒値変移の解析に成功、再現できれば対怪異の有効な兵器の開発に繋がるかも知れない。……あぁ、栗原ミサキのプライベートには最大限配慮するから安心してくれ」
「ええ、それはもちろん。別に構わないんですが――柴崎さん、そろそろあなたもここを離れた方がいいのでは?」
女性の名前を呼び、私はひとつ咳ばらいをしていた。
「離れる? ……なぜ?」
「なぜって、単純に危険だからですよ。怪異に対しても一定のリスペクトを持ち、対話を試みるつもりですが――、最後は殴り合いになるケースも多い」
「多い、じゃなくてほとんどそうなるだろ」
柴崎さんの鼻の頭に皺。美人がもったいない、と思ったが口にはせず胸にしまい込んで置く。
「私達、白虎機関の内部データを参照するまでもなく、怪異が一度、獲物と見定めた人間を諦めることなど百パーセントあり得ない。結局、暴力が解決手段になるのさ」
「だから……。だったら余計にあなたは退避するべきですよ」
そう言ってから私は少し躊躇いを覚えたが――、柴崎さんの下腹部、大きく膨らんだ腹を指さしていた。
「柴崎さんは、その、お一人の身体じゃないわけですし」
「……あぁ、この子のことを気遣ってくれていたのか。この期に及んで私を真っ当な妊婦として認識してくれるなんて塚森コウといい、外法使いは優しいんだね」
自分の胎に手を当てた柴崎さん眼鏡の向こうの瞳が一瞬、潤みかけた気がした。だけど、その口元にはすぐに皮肉な笑みが浮かぶ。
「でもね、心配には及ばないよ塚森レイジ。あなたも知っているだろ。私自身はか弱いただの女だが――、この子は強い。多分、鳥羽リョウには敵わなくても、あなたぐらいなら圧倒できるんじゃないか?」
「ええっと、そこで私を引き合いに出す必要あります?」
「それに女手は多い方がいいだろう。十中八九、敵さんは栗原ミサキの弱ったメンタルにつけこんで来る。その時、ガツンとした対応をあなたや鳥羽リョウに取れるのかい?」
「そ、それは……」
言葉に詰まった時だった。入り口のアルミサッシの引戸がキイイイッと悲鳴のような、軋んだ音を立てて横滑りに開く。
鴨居に額をぶつけないよう頭を少し屈めて祈祷所に入ってきたのは、大柄で筋骨たくましい男性。塚森家が経営するスーパーの店長を任せている鳥羽リョウだ。
見た目は二十代前半と若々しいが生まれは平安元暦、壇ノ浦の戦いがあった頃らしい。
一族とは先祖代々付き合いがあって、私も幼い頃は彼に随分と可愛がってもらった記憶がある。外見的な年齢は私の方がとっくに追い越してしまっているが……。
「二人とも、すまん。一度、アパートに戻っていたからな。……こいつを宥めていたら思っていたより時間を喰った」
事も無げにそう言って、リョウはベルトに提げたツールケースをポンと叩く。
その瞬間、私は全身が総毛立っていた。何十人もの人がケラケラとけたたましい声で笑い声をあげたかのような戦慄を覚えて。
「笑ひ岩を砕いた鬼玄翁か……。今回も持って来たんだね」
リョウのツールケースに収納されたネイルハンマーをジッと凝視しながら柴崎さんが呟く。
「しかし、以前とはずいぶん様子が違うみたいだね。宿るモウジャ達の魂が楽しそうというか、ご機嫌と言うか……。彼らのために何かしてあてるのかい、鳥羽リョウ?」
「いや、別に。特別なことはしていないな。ただ……」
「ただ?」
「部屋で一番長めのいい場所に置いて、一日三回お神酒をかけてやっているだけだ。そうしたら笑うようになった。まあ、それでもうるさいのはうるさいが、一日中泣き叫ばれるよりはマシだからな」
「ほお。それはなかなか興味深いね。あれだけ強烈な邪気を放っていた呪物がたった数か月でここまで清浄な気を放つようになるとはね。……やはり、あなたもただの不労不死者じゃなさそうだね鳥羽リョウ」
「……よくわからん。俺はただレイジのアドバイスに従っただけだ」
そう言って肩をすくめるとリョウは私に向き直り、長い棒状のものを軽く投げて寄こす。
「これは……。リョウちゃん、わざわざ運んで来てくれたの?」
「ああ。今回みたいな感じだと必ず必要になるからな」
慌てて受け取ったそれはズッシリと重い。先端に取り付けられた鉄製の六つの輪は遊環といって、魔除けの音を立てるだけでなく、打撃の武器にもなる。
普段は宝物殿の奥の棚で保管されている錫杖だった。それ自体は何の変哲もない祭具の一つだが、その昔、この地に地獄道から雑鬼共が溢れ出て現世に災いをもたらそうとした際、この錫杖を携えた童ノ宮の神、つまりお稚児様が現われ、鬼どもを討ち払った伝承が残っている。
そして、それを儀式化したものこそが――。
「敵を、怪異をミサキさんから引き離したら、レイジ。俺とお前でボコボコに叩きのめす。動かなくなるまで叩きのめす」
本気とも冗談ともつかない表情でリョウが言った。
「作戦はそんな感じでいいか?」
「そーゆーのは作戦とは言わないんじゃないかな……」
「まあ、出たとこ勝負って言うのは決して嫌いじゃない。どんなにデータを積み重ね、対策を練ったところで基本、怪異にはそう対応するしかないからね」
そう言って柴崎さんが小さく笑う。なぜか、私達の中で一番獰猛――、戦闘的な表情を柴崎さんは浮かべていた。
「ここから先はリアル夏渡りの儀、と言うわけだ。ただし、神様の、稚児天狗の力は借りない。私達だけの力でどこまでやれるか――、せいぜい楽しませてもらおうじゃないか」
キミカ……。娘は、あの子は今頃、何をしているんだろうと私は何となく思った。
明日もまた、あの子のかわいい顔が見れたらいいんだが。