入院二日目の夜、なんだか寝付けなかった。
入院といっても安静にしているだけで全く体力を消耗しない。
身体が疲れていないせいか眠ろうと努力しても目が冴えてなかなか眠れなかった。
ふと窓の外を見ると明るい月が輝いていた。満月だ。
真子は月を眺めに行こうとこっそり部屋を抜け出して屋上へ向かった。
屋上へ着いた瞬間、優しい風が頬を撫でる。
風はほんのりとラベンダーの香りがする。
東京とは違い、北海道の夜の空気はとても清々しい。
真子はフーッと深呼吸をすると、夜空に輝く明るい月を見つめた。
その時、屋上の出入口から声がした。
「宮田さん」
低い落ち着いたその声に真子はドキッとする。
そしてその瞬間、あの時の嫌な記憶が蘇ってきた。
それと同時に心臓がドキドキと激しい音を立てる。
真子は勇気を出しておそるおそる振り返る。
するとそこには、あの日の杉尾医師と同じように白衣を着た岸本医師がゆっくりと近づいて来た。
その瞬間真子は身構える。手はじんわりと汗で湿っていた。
しかしそんな真子の予想を裏切り、岸本は真子とかなり距離を取って隣に立った。
あの時の杉尾医師とは全く違う。
手すりにもたれかかった岸本は言った。
「宮田さんが眠れないようだから主治医として見て来いって鬼看護師に言われてね」
岸本は苦笑いをしながら、屋上の出入口の方をチラッと見る。
真子も同じ方向に視線を向けると、そこには心配そうな顔をした看護師の村瀬瑠璃子がこちらの様子をうかがっていた。
その状況を知り、思わず真子はクスッと笑った。
(この先生を疑った私が馬鹿だったわ)
そこで岸本に言った。
「先生、結婚する前から尻に敷かれてるんですか?」
「ハハッ、そうみたいだな」
「まあでもそのくらいの方が夫婦は上手くいくって何かに書いてありましたよ」
「おっ、今時の女子高生言うねぇ…」
岸本医師は声を出して笑った。
そして真子に言う。
「手術に関して心配事でもあるのかな? でもね、手術は宮田さんが眠っている間に全て終わるから何も心配しなくても大丈夫
ですよ」
「手術に関してじゃないんです。実は私、北海道に来る時に別れを告げるのが辛くてある人から逃げるようにこっちに来てしま
ったから…それでちょっと色々と思い出しちゃって」
「なるほど。それは友達かな? 彼氏かな?」
「彼氏です」
「そっか、それは辛かったね……」
岸本が「辛かったね」と言ってくれたので思わず真子の目頭が熱くなる。
この先生は本当に優しい。医師として常に患者に寄り添ってくれる。
「はい。もう二度と会えないのかなーと思うとやっぱり辛くて」
「ん? 二度と会えないなんて事はないんじゃないかな?」
「えっ?」
「もし二人が運命で結ばれているとしたら、きっとまた会えると思うよ」
「運命?」
岸本医師は夜空を見上げながら穏やかな表情で言った。
「そう。僕は来月彼女と結婚するんだけれど、彼女と初めて会ったのは僕が大学生の時で彼女はまだ小学生だったんだ」
「えっ? そうなんですか?」
「うん。で、それから20年くらい経ってから偶然再会したんだよ。色々事情があって再会した時はお互いに気付かなかった。
でもそれからも度々偶然会う機会があってね。結局同じ病院で働く事になったんだ」
「えーっ、凄い、なんかドラマみたい」
「そうだろう? でもね、そういう不思議な事ってあるんだよ」
岸本は微笑んで続ける。
「だからね、もし君がその彼と結ばれる運命だとしたらきっとまた会えるよ」
(結ばれる運命だとしたら……)
真子はその言葉を心の中で繰り返す。
すると不思議な事に心がスーッと軽くなるような感じがした。
「そうなったらいいな」
「うん。あともう一つアドバイスするけれど、岩見沢っていうのは『奇跡の町』って言われているんだよ」
「奇跡の町?」
「うん、そう。岩見沢は会いたい人に会える町、願いを叶えてくれる町…そんな風に言われているんだ。もしその彼とこの町
で再会出来たら、きっと二人は永遠にずっと一緒なんだ…」
(ずっと一緒……)
例えそれが真子を慰める為の言葉だったとしても、真子は信じたい気持ちでいっぱいだった。
真子にとってはまるで魔法の呪文のような言葉だった。
そこで真子は深呼吸をすると言った。
「先生、ありがとうございます」
「うん、まあ彼と再会する為にもまずは健康でいないとね。だから今度の手術は一緒に頑張りましょう」
「はい! なんか先生の話を聞いたら元気が出ました」
「それは良かった。じゃ、僕は医局に戻ります。あまり夜更かししないようにね」
「はい」
岸本医師はそう言うと、瑠璃子が待つ出入口へまで行き瑠璃子と少し言葉を交わしてから二人で階段を下りて行った。
「結ばれる運命だとしたらきっとまた会える」
真子は何度もその言葉を繰り返し呟きながら、煌々と輝く満月を見上げた。
コメント
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「岩見沢の奇跡」運命の人、拓君との奇跡の再会が1日も早く叶いますように🙏🥺