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夕方の校舎は、音が少ない。廊下を歩く靴音がやけに大きく響いて、ドアの前で一度止まる気配がした。
「……開いてる?」
「どうぞー」
間の抜けた返事に、ドアが静かに開く。
入ってきたのは、表情だけ見れば元気そうなやつだった。背筋も伸びてるし、歩き方も軽い。
「相変わらず適当な部屋だな」
「落ち着くだろ」
「どこが」
そう言いながら、迷いなく椅子に座る。
来慣れてる動きだった。
「で?」
蓮司が視線だけ向ける。
「……自分さ、もう平気な人扱いされてるんだよな」
「便利じゃん」
「そう、それ」
即答に、相談者は苦笑した。
「便利すぎてさ。誰も心配しない。
前にあったことも、もう終わった話みたいで」
「終わってない?」
「終わってない」
少しだけ、声が落ちた。
「でも、終わってないって言うほどでもない気もして。
普通に笑えるし、学校も来てるし、飯も食ってる」
「優等生だな」
「だろ? 自分でもそう思う」
蓮司はペンを回しながら、何も言わない。
急かさない沈黙だった。
「前はさ、もっと分かりやすく落ちてたんだよ。
元気ないね、とか、大丈夫?とか、聞かれて」
「今は?」
「“強くなったね”だって」
吐き出すみたいに言う。
「強くなったんじゃなくて、慣れただけなんだけど」
蓮司は、ふっと笑った。
「まあ、そうだろうな」
「……否定しないんだ」
「しない。慣れるって、悪いことじゃない」
相談者は少し驚いた顔をした。
「でもさ、慣れた結果がこれだよ。
平気なふりが板について、
自分でも、どこまでが本音か分かんなくなってる」
「それでも、まだ分かんなくなったって言えてる」
「……?」
「本当に分かんなくなったら、そんな言葉出てこない」
蓮司は椅子にもたれ、天井を見上げる。
「“平気なふり”ってさ、
嘘じゃないんだよ。半分は本当」
「半分?」
「平気な部分も、確かにできた。
でも、傷ついた部分が消えたわけじゃない」
相談者は黙って聞いている。
「で、周りは“平気な部分”だけ見て、
はい回復、はい終了、ってする」
「……それがきつい」
「だろうな」
蓮司は軽く肩をすくめた。
「でもな、平気なふりが上手くなったってことは、
それだけちゃんと生き延びてきたってことでもある」
「慰め?」
「事実」
きっぱりと言う。
「折れたまま放置してたら、ここまで来てない」
相談者は視線を落とした。
「……じゃあ、この違和感は?」
「正常」
即答だった。
「傷が“なかったこと”にされるの、誰だって気持ち悪い」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
「どうもしない」
「は?」
「無理に“まだつらい”って証明しなくていいし、
無理に“もう大丈夫”を演じ続けなくてもいい」
蓮司はペンを止め、相手を見る。
「平気なふりができる日もあれば、
急に昔のことで胸が重くなる日もある。
それ、混在してていい」
「中途半端じゃん」
「人間だし」
軽く言う。
「全部治ってから次行こう、なんて待ってたら、一生途中だ」
相談者は小さく笑った。
「……それ、ずるい言い方」
「褒め言葉として受け取っとく」
しばらく沈黙が流れる。
さっきより、空気は軽かった。
「なあ」
相談者が言う。
「自分、まだ引きずってるって思っていい?」
「思えば」
「ダサくない?」
「別に」
蓮司は立ち上がり、窓の外を一瞬見る。
「引きずりながら笑えるなら、十分器用だろ」
「器用って言われると、なんか複雑」
「だろうな」
それでも、相談者の表情は少しだけ緩んでいた。
「また来ていい?」
「来なくてもいいし、来てもいい」
「相変わらず適当」
「それが売り」
ドアが閉まり、足音が遠ざかる。
蓮司は椅子に戻り、独り言みたいに呟いた。
「平気になったんじゃない。
生き方を覚えただけだろ」
夕方の光が、机の端を静かに照らしていた。