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かんな
75
#カンヒュ
腐女子☆
224
#オフィスラブ
ゆうクロ。
322
夕方の校舎は、音が少ない。廊下を歩く靴音がやけに大きく響いて、ドアの前で一度止まる気配がした。
「……開いてる?」
「どうぞー」
間の抜けた返事に、ドアが静かに開く。
入ってきたのは、表情だけ見れば元気そうなやつだった。背筋も伸びてるし、歩き方も軽い。
「相変わらず適当な部屋だな」
「落ち着くだろ」
「どこが」
そう言いながら、迷いなく椅子に座る。
来慣れてる動きだった。
「で?」
蓮司が視線だけ向ける。
「……自分さ、もう平気な人扱いされてるんだよな」
「便利じゃん」
「そう、それ」
即答に、相談者は苦笑した。
「便利すぎてさ。誰も心配しない。
前にあったことも、もう終わった話みたいで」
「終わってない?」
「終わってない」
少しだけ、声が落ちた。
「でも、終わってないって言うほどでもない気もして。
普通に笑えるし、学校も来てるし、飯も食ってる」
「優等生だな」
「だろ? 自分でもそう思う」
蓮司はペンを回しながら、何も言わない。
急かさない沈黙だった。
「前はさ、もっと分かりやすく落ちてたんだよ。
元気ないね、とか、大丈夫?とか、聞かれて」
「今は?」
「“強くなったね”だって」
吐き出すみたいに言う。
「強くなったんじゃなくて、慣れただけなんだけど」
蓮司は、ふっと笑った。
「まあ、そうだろうな」
「……否定しないんだ」
「しない。慣れるって、悪いことじゃない」
相談者は少し驚いた顔をした。
「でもさ、慣れた結果がこれだよ。
平気なふりが板について、
自分でも、どこまでが本音か分かんなくなってる」
「それでも、まだ分かんなくなったって言えてる」
「……?」
「本当に分かんなくなったら、そんな言葉出てこない」
蓮司は椅子にもたれ、天井を見上げる。
「“平気なふり”ってさ、
嘘じゃないんだよ。半分は本当」
「半分?」
「平気な部分も、確かにできた。
でも、傷ついた部分が消えたわけじゃない」
相談者は黙って聞いている。
「で、周りは“平気な部分”だけ見て、
はい回復、はい終了、ってする」
「……それがきつい」
「だろうな」
蓮司は軽く肩をすくめた。
「でもな、平気なふりが上手くなったってことは、
それだけちゃんと生き延びてきたってことでもある」
「慰め?」
「事実」
きっぱりと言う。
「折れたまま放置してたら、ここまで来てない」
相談者は視線を落とした。
「……じゃあ、この違和感は?」
「正常」
即答だった。
「傷が“なかったこと”にされるの、誰だって気持ち悪い」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
「どうもしない」
「は?」
「無理に“まだつらい”って証明しなくていいし、
無理に“もう大丈夫”を演じ続けなくてもいい」
蓮司はペンを止め、相手を見る。
「平気なふりができる日もあれば、
急に昔のことで胸が重くなる日もある。
それ、混在してていい」
「中途半端じゃん」
「人間だし」
軽く言う。
「全部治ってから次行こう、なんて待ってたら、一生途中だ」
相談者は小さく笑った。
「……それ、ずるい言い方」
「褒め言葉として受け取っとく」
しばらく沈黙が流れる。
さっきより、空気は軽かった。
「なあ」
相談者が言う。
「自分、まだ引きずってるって思っていい?」
「思えば」
「ダサくない?」
「別に」
蓮司は立ち上がり、窓の外を一瞬見る。
「引きずりながら笑えるなら、十分器用だろ」
「器用って言われると、なんか複雑」
「だろうな」
それでも、相談者の表情は少しだけ緩んでいた。
「また来ていい?」
「来なくてもいいし、来てもいい」
「相変わらず適当」
「それが売り」
ドアが閉まり、足音が遠ざかる。
蓮司は椅子に戻り、独り言みたいに呟いた。
「平気になったんじゃない。
生き方を覚えただけだろ」
夕方の光が、机の端を静かに照らしていた。