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2026年7月23日午後5時25分/■■県童ノ宮市湯湯山町東新大群■■―■■童ノ宮神社・社務所待合室/栗原マキオ
ジジジ、ジジジッ――と。たくさんの虫がいっせいにハネをならしているような、すごくいやな音が頭のうえから聞こえてきました。
おどろいて天じょうを見あげると、まちあい室を照らしつけていた、たくさんのけいこう灯がぶるぶる、ぶるぶるとすごい勢いでふるえてるのが分かりました。
と、頭のなかでけいほう音が鳴りひびいて、あの子がよびかけてきます。
【――霊毒値の上昇・拡散を確認。マキオ、今すぐ安全確保のための行動を】
えっ、いきなりそんなこと言われても……。
なにをどうすればいいのか、ぜんぜん分かりません。
てゆーか、アンゼンカクホノタメノコウドウってなあに?
【――安全確保のための行動とは……、ケガなどをしないよう出来得る限りのことをすること】
ケガ?
思わずぼくは問いかえしていました。
どうして? どうして、ぼくがケガなんか……。
するの、ってぼくが聞くよりもはやく、天じょうのけいこう灯がバリン、バリンって思わず身がすくむような嫌な音を立てて割れはじめました。
「わわっ……!」
ぼくはあせって変な声をあげてしまいます。
ケガをするってこれのこと? それならそうと言ってよー……。
あの子の言うことはいつも回りくどくてわかりにくいです。ぼくがそう文句を言うと、あの子は決まって「私は外法で作られた擬似人格なんだから仕方がない」と答えます。
そのくせ、ぼくがギジジンカクくんってよんだらすっごくきげんが悪くなるのだから、わけがわかりません。昨日、キミカちゃんに名前を、デイジーチェーンってつけてもらったって喜んでいたけれど……。
と、そのキミカちゃんが――、まちあい室にあったクッションに顔をうずめてぼくのすぐ隣でずっと泣いていたキミカちゃんがハッと息を呑んで顔をあげました。
それからキミカちゃんは飛びかかるようにして、ぼくのからだの上におおいかぶさって来ました。その直後、パラパラと音を立てて白いけいこう灯の破片がたくさん、落ちてきました。それでぼくは、キミカちゃんがぼくのことを守ってくれたんだとわかりました。
ありがとうって言わなくちゃ……。そう思ったんだけど、口がうまく動かせなくて、なかなか気持ちが伝えられませんでした。
(フン、余計なことを……。この程度のこと、対処できぬまろだと思うたか)
デイジーチェーンとは別の、とってもエラそうな男の子がちょっと遠くから聞こえました。
その子の名前はちごてんぐといいます。とても偉い神様だそうです。だけど、子供なのに神様で偉いとか、ぼくは変だと思います。
(小娘が、毎度毎度背伸びをするような真似をしおって。己が弱者ならそれ相応の振舞いをしろ、と何度言えばわかるのか)
そんなこと言ったらダメでしょ。
ムッとしてぼくはちごてんぐに言い返していました。
たった今、ちごてんぐはぼくと一緒にキミカちゃんに守ってもらったんだから。本当はちごてんぐはそれが嬉しくてたまらないくせに、照れ臭いからわざと偉そうなことを言っています。
ぼくには分かるのです。
だって、ぼくはちごてんぐで、ちごてんぐはぼくだから。
ついでに言えばデイジーチェーンもぼくだし、ちごてんぐです。
素直じゃないのはブーッなんだよ、って仏様にも言われたでしょ。
僕がそう言ううと、チッと小さく舌うちしてだまります。
舌うちはもっとブーッなのに……。
「き、キミカちゃん、大丈夫!? せ、背中に蛍光灯の破片が――!」
「だ、大丈夫やで姫宮さん……。ふ、深く刺さったんは数えるほどしかあらへんから……」
「ま、待って。動かないで。今、救護班に」
来てもらうから、とびゃっこきかんの姫宮さんというお姉さんが言いかけた時でした。
一瞬にして、まちあい室が――いいえ、このしゃむしょ全体が真っ暗になりました。
てい電かな? と思ったけれどそれにしては暗すぎます。
たとえ、お部屋のでんきが落ちたとしても窓から光がはいってくるはずです。それに今はまだ夕方なのに……。
僕らはおたがいの顔さえ見えない真っ暗なくうかんにいました。
すぐそばにあるはずのソファーやテーブル、その上におかれているはずのドンジャラのボードもどこにあるのか、全然わかりませんでした。
おまけに床のうえに水が流れはじめたらしく、ビシャビシャと足元が冷たくぬれています。
――怖い! 暗いのやだ!
そう思った次のしゅんかん、鼻のおくがツーンといたくなってぼくは泣きだしてしまいました。
長じかん、クーラーを近くで浴びつづけた時みたいみたいに全身が冷たくなって、なみだが後から後へと出てきます。
(おい、泣くな。泣いても仕方がなかろう。泣いて無駄な体力を消費するな馬鹿者)
【畏れながら分け御霊様――。泣いている子供を叱りつければ、泣き止むものも泣き止まぬかと】
(むぅ、我が外法が言うことももっともか。……だが、それではどうせよと? 今、ここに母上様はおられぬのだぞ)
【それは……長考モードに移行。当分、会話が不可能になります】
(さては主を残して己だけ逃げる気か? ずるは許さんぞ)
【ずるとはあまりにもご無体なお言葉。――記録し、本御霊様に報告】
(き、貴様……!?)
うるさい。二人とも、うるさいんだよ。
たまらなくなってぼくはワーワー言い争うちごてんぐとデイジーチェーンに怒りました。怒っている間も、涙は止まりません。止まるどころか、ますます勢いをましてあふれ出てきます。
このまま全身の水分が外にながれだして死んじゃうのかな。
そんなのいやだなと思った、その時でした。後ろから誰かがぼくのことをギュウと抱きしめました。
「大丈夫。大丈夫やからマー君。……せやから、泣かんといて」
耳元で聞こえたのはキミカちゃんの声でした。それでぼくはだんだんと落ち着いて、涙がとまり呼吸をするのも楽になりました。
そのあいだ、ちごてんぐもデイジーチェーンもだまっていました。
……役立たず。
「――キ、キミカちゃん! マキオ君も、だ、大丈夫ですか!?」
バシャバシャと足元を波だたせながら近づいてきたのは姫宮さんでした。片手にスマートホンをかいちゅうでんとうモードにして持っています。
光がともされたことで、ちょっと安心できたのもつかの間でした。ぼくらがいたのはしゃむ所のまちあい室じゃありませんでした。
ぼくらがいたのは、水の深さがふくらはぎの真ん中ぐらいまである川の中でした.そう気がついた瞬間、くさった水草とドロのにおいがただよってきてツンと鼻を刺します。
「な、何なの? ここは? どうして、こんな……」
上着の胸ポケットにスマホを入れ、ぼくとキミカちゃんを両腕で抱き寄せながら姫宮さんが言います。姫宮さんのきれいな顔がきんちょうで引きつっているのがわかりました。
苦しそうに息をつきながらキミカちゃんもいいます。
「姫宮さん、ここ現世ちゃうよ。多分、計測器があったら霊毒値がメチャクチャ高いん分かるんちゃうかな」
「あ……。そ、そうですね。と言うことはここは異界……」
「うん。それもただの異界やないと思う。……うち、何度か取り込まれたことあるから肌感覚で分かるんやけど――、これ、地獄由来の異界やと思う」
「じ、地獄ってそんな……」
キミカちゃんと姫宮さんの話を聞きながらああそっか、とぼくは思いました。
じごく、ということばはとても怖いけれど、この異界は現実のとある場所をそっくりそのままマネしたものでした。
つまり、栗原マキオ――本当のぼくが殺された場所でした。
【――警告。マキオの精神的負荷上昇を考慮し、これ以上思考の継続中止を推奨】
……平気だよデイジーチェーン、とぼくは思いました。
だって、ぼくは本当のマキオじゃないから。分け御霊であるちごてんぐの外法で作られたマキオの模倣体だから。
本当のマキオじゃないということはママの本当の子供でもありません。
だから、ママとの思い出やその他のきおく、大好きなアニメやおもちゃ、わがままでかんしゃく持ちな性格も何もかも、マキオのものであってぼくのものじゃありませんでした。
全部、本当のマキオのもの。
ぼくはこの一年間、まるで自分のものみたいに勘違いしていただけでした。
だけど、それでもぼくに残されているのは――。
「と、とにかく……。何とか警備員の人達と合流し、保護してもらいましょう。神社の境内全体が異界に取り込まれたのなら彼らもどこかにいるはず。百パーセントとは言えなくてもそのほうがまだ生存率はあがるはずですし」
「そやけど、お父さんやリョウは? ゼナ博士もやけど、ミサキさんのお祓いが終わらんうちにこないなってるってことは――やばない?」
「……」
「あ、ごめん姫宮さん。今のウソ」
言葉を失う姫宮さんに慌ててキミカちゃんが言います。
その声が自分も怖くて心細くて自分も泣きだしたいのに一生懸命耐えているだろうことは、顔がよく見えなくてもぼくには手に取るように分かりました。
「あの人ら、みんなビックリするほど強いから大丈夫やって。……それにいざとなったらうちが外法で神様を」
「……それはダメだよキミカちゃん」
ぼくはそっと手を振りほどき、キミカちゃん達から離れていました。
「お父さんにも言われたんでしょ? あの外法は自分のため以外使っちゃダメだって」
「……マー君?」
「それに大丈夫だよ。ぼくが――ううん、ぼくらが残りの力をふりしぼれば何とかなる程度には、あいつのことをみんなが追い込んでくれたからね」
「ちょ、ちょっと待ってや。マー君、あんた何言ってるん?」
「今までごまかしごまかしきたけれど――、もう時間がつきそうなんだ」
思わずため息をつきそうになるのをこらえ、ぼくは続けました。
「もともと、ぼくがここにいるのはあの人を――ママを守るためだから。それさえ済めばもう思い残すこともないんだよね」
もちろん、うそです。実質、栗原マキオとして一年しか生きていないぼくには心残りしかありません。
思えばキミカちゃんには最初から最後まで、ずっとうそをついていました。
それも最後までそのうそを貫けなくて、たくさん、たくさん迷惑をかけてしまったのです。昨日、ママがキミカちゃんを傷つけてしまったのも、ぼくが一度でしつを仕留めきれなかったからです。
……ぼくのせいです。ママが悪いんじゃありません。
(心配するな、マキオ。そなたがまろとともに向かう天狗道は地獄に非ず。仏はおらぬが鬼もおらぬ。気安いところぞ)
【――同意。解脱の際、マキオがこうむる精神的・肉体的負担は80%は分け御霊様、残る20%をデイジーチェーンが負担することを提案】
(……そこは折半ではないのか?)
ちごてんぐとデイジーチェーンがまた言い争いしています。
思えばこの二人も、ずっとこんな感じでした。ずっと、ぼくに寄り添っていてくれました。
……だけど、それもそろそろ終わりです。
ぼくは自分を落ち着かせるため、大きく息をはいていました。
それから両腕をグルッと後ろむきに回して、左右のけんこう骨に意識を集中させます。
バサッと布をはためかせるような音が聞こえて――、一対の翼が生え伸びてきました。それは茶色に白い羽毛が混じった、タカやワシのような大型の猛きん類のような翼でした。メジャーで測ったことはないけれど、全長2メートルぐらいはあると思います。
それはちごてんぐの外法の翼でした。
ぼくはちごてんぐと身体をきょうゆうしているから、時々、こうやって翼をかしてもらっていたのです。
【――稼働を確認。問題なし。……マキオ、いつでも飛べるからね】
ありがとうデイジーチェーン。
そう言ってぼくはチラリとキミカちゃん達の方を見ました。
キミカちゃんも姫宮さんも凍りついたような顔でぼくを見ていました。二人にはさっき、ぼくが人間じゃないって、普通の男の子じゃないって話をしたばっかりだったのに。
何だかいたたまれなくなって目をそらし、ぼくは言いました。
「じゃあね、二人とも。短い時間だったけれど、仲良くしてくれてうれしかった。……じゃあ、これでぼくは」
行くからねと告げて翼をはためかせ、そのままぼくは飛び立とうとしました。だけど、その時、それまでその場で立ちすくんでいたキミカちゃんが前に進み出て、
「――待って! マー君、ちょっと待ってや! 行くってあんた、どこ行くんよ!?」
思わずぼくはビクッと身体をふるわせてしまいます。それぐらいキミカちゃんの声は大きくて、ほとんどさけび声でした。
少しちんもくし、
「そんなの決まってるじゃないか」
ぼくは言いました。ちょっとおののきながら。
キミカちゃんがぼくに、これまで一度も見せたことのないようなものすごい目つきを向けてきたからです。
「ママのところに行くんだ。そして、今度こそあの怪異を浮足坊主を殺す。多分さしちがえることになると思うけれど、それでじゅうぶん」
本心でした。強がりでもなんでもありません。
だって、ぼくは神さまが死んでしまった本当の栗原マキオの心残りを晴らすために、その為だけに作られた生き人形ですから。
ママやキミカちゃん、岡崎社長、それに姫宮さん……。それに他の人達に優しくしてもらっただけでも儲けものです。
「あかん! そんなん、絶対あかんて!」
またキミカちゃんがさけびごえをあげます。やっぱりキミカちゃんは怒ってるみたいでした。それもすごく。
何をそんなに怒っているのか、ぼくにはサッパリわかりません。
「マー君のお母さんのところには――うちのお父さんが付いてるし、リョウだっておる! あんたは知らんやろけど、ゼナ博士かてメチャクチャ強いんやで! だから、マー君の出番なんかないて!」
「あのね、キミカちゃん……。今朝見せた通り、どのみちぼくのこのカラダはそろそろ限界なの。だから……」
「だったら余計に、やんか! 最後の最後で戦いに行くなんて! うちと一緒にここにおったらええやん! 忘れてるみたいやから言うけどマー君、あんたはまだ子供やねんで!?」
……この子は一体、どうしてしまったんだろう?
すっかり困ってしまい、ぼくはデイジーチェーンとちごてんぐに助け舟をもとめていました。
二人とも、さっきからだまってるけど、なんとか言ってよ。
だけど、どちらからも応答はありませんでした。文字通り、だんまり を決め込んでいるみたいでした。
ひきょう者。仮にも神さまとそのけん族でしょう、君たち。
「……な、マー君。お願いやからそんな翼、しまって」
キミカちゃんがまた言いました。
いくぶん、声のトーンが落ちていました。ママに殴られて、まだ腫れが引いていない顔のまま、キミカちゃんは訴えるように続けます。
「だって、マー君さっきから震えてるしずっと泣いてるやん……。そんな怖い思いをしてまで――神様なんてやろうとするん?」
ぼくははっとしていました。
思いもかけていなかったけれど、ぼくの心にまだモヤのかかった部分があってそれがキミカちゃんの言葉ですっかり晴れた気がしました。
そう一点のくもりもなく。まさに明鏡止水、でした。
「あのね、ぼくママやキミカちゃんのことが大好きなんだ。それに他のみんなのことも。みんなが死ぬぐらいなら――ぼくが死んだ方がいい」
本御霊とか稚児天狗とかカガヒコノミコトとか言われている人。
千年前、塚森家の氏神様になった男の子も今のぼくと同じだったと思います。
シンプルイズベスト。ちっとも難しい話ではないのでした。
だけど、気の毒に――ぼくの答えにキミカちゃんはますます大きなショックを受けたみたいでした。
キミカちゃんは絶句して、ただぼくをジッと見ていました。
キミカちゃんのかわいい顔はまるで別の人みたいに歪んでいて、やっぱり怒っているようにもすごく悲しそうにも見えました。
ひょっとしたら、その両方だったのかも……。
とにかく、もうそれ以上その場にいることはできませんでした。本当にもう時間がなかったし、またキミカちゃんに引き留められたらもう動けなくなることはわかっていました。
だからぼくは――
「……さよなら」
それだけ告げ――、地面を蹴るようにしてジャンプ。
外法の翼を力強くはためかせ、昏く暗雲立ち込める異界の空高く羽ばたいていました。何枚ものを羽根をまき散らしながら。
地面からきょりがはなれ、たちまちのうちにキミカちゃん達が見えなくなります。ぼくはグッとおく歯をかみしめました。地獄ではなみだなんて何の足しにもなりませんから。
だからぼくはあの時、キミカちゃんが怖い時に効くというおまじないを思い出していました。
自分で自分にとなえごとをするというのも変な感じでしたけれど。
オン アロマヤ テング スマンキ ソワカ。
オン ヒラヒラ ケン ヒラケンノウ ソワカ。
コメント
1件
「マー君さっきから震えてるしずっと泣いてるやん…」のところで、ぐっときました。キミカちゃんの言葉が、マキオくん自身も気づいていなかった本当の怖さを代弁してて…。最後の別れのシーン、羽根を散らしながら飛び立つ様子が美しくて切なかったです。自分の命を差し出す覚悟を笑顔で語る子供の強さと、それを見抜いて止めようとするキミカちゃんの必死さ、両方に泣きそうになりました。続きがすごく気になります。
wadaken1
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wadaken1
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#skfn