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来華
90
#mlmk
I am 壁 @自給自足
62,199
#だてなべ
ゆー
4
翌朝。
紬は制服の前で立ち止まっていた。
昨日の夜から、ずっと考えている。
何を着たいのか。
どう見られたいのか。
考えても、はっきりしない。
ただ。
「男の子として見られるの、嫌なのかな」
自分で口にしてみても、しっくりこない。
嫌い。
そう言い切れるほどじゃない。
でも。
女の子として見られたら。
そう考えると、少しだけ胸が軽くなる。
その違いが、自分でも分からなかった。
学校。
休み時間。
女子が数人、鏡を囲んでいる。
「今日、髪どう?」
「いいじゃん」
「ほんと?」
紬は通り過ぎようとして、足を止めた。
鏡を見る。
自分もそこに映っている。
女子たちと同じ鏡の中にいるのに。
自分だけ違う場所にいるみたいだった。
「紬?」
声をかけられる。
「何?」
「ぼーっとしてたけど」
「……何でもない」
笑って、その場を離れる。
廊下の角を曲がる。
蒼真とすれ違った。
「……」
「……」
互いに一瞬見る。
「おはよう」
蒼真が言う。
「おはよう」
それだけ。
蒼真はそのまま通り過ぎる。
紬も振り返らない。
昔なら、もう少し話していた。
でも今は。
兄弟だから話す。
それ以上でも、それ以下でもない。
その距離が、いつからできたのか。
紬には分からなかった。
昼休み。
悠生が紬の机の横に来た。
「昨日の話」
「……何?」
「昨日、廊下で話してたやつ」
紬は黙る。
「無理に話さなくていいけど」
「うん」
「ただ、気になった」
「何が?」
「紬が自分のこと、変なのかなって言ってたから」
紬は机の上を見る。
「変だと思う?」
「思わない」
即答だった。
「でも、俺には分からない」
「……そっか」
「だから、分からないなら分からないままでいいと思う」
紬は少し笑った。
「悠生って、そういうところ変わらないね」
「何それ」
「昔から、変なところで真面目」
「悪かったな」
二人で少し笑う。
そのとき。
教室の入口を蒼真が通った。
紬と悠生が話しているのを見る。
足を止める。
ほんの一瞬。
そして何も言わずに通り過ぎた。
放課後。
紬は一人で帰ろうとしていた。
昇降口で靴を履き替えていると、蒼真が来た。
「帰る?」
「うん」
「……悠生は?」
「知らない」
「そう」
それだけ。
二人は並ばず、それぞれ少し離れて歩き出す。
家まで同じ方向なのに。
会話はない。
しばらくして、蒼真が言った。
「紬」
「何?」
「昨日の話」
紬の足が止まる。
「……聞いてた?」
「少し」
「そっか」
蒼真は前を向いたまま言う。
「無理に変わろうとしなくていいと思う」
紬は兄を見る。
「変わろうとしてるわけじゃない」
「じゃあ、何?」
「俺にも分からない」
「……そう」
蒼真は黙る。
紬は少しだけ苛立った。
「蒼真は?」
「何」
「俺のこと、どう思ってる?」
「普通に弟」
「そうじゃなくて」
蒼真が黙る。
紬は続けた。
「俺がもし、女の子みたいになりたいって言ったら?」
蒼真の顔が固まった。
「……やめた方がいい」
「何で?」
「危ないから」
「何が?」
蒼真は答えない。
「俺がどう生きるか、蒼真に決められたくない」
「そういう意味じゃない」
「じゃあ、どういう意味?」
蒼真は口を閉じる。
言えるわけがない。
昔、自分に何があったのか。
何をされて。
何を怖がるようになったのか。
言えるわけがない。
だから。
「……男として生きた方がいい」
それだけ言った。
紬の顔から、表情が消えた。
「やっぱり」
「何が」
「蒼真は、俺のこと分かってない」
紬は先に歩き出した。
蒼真は追わなかった。
追えなかった。
「違う」
小さく呟く。
「分かってるから言ってる」
でも、その言葉は紬には届かなかった。
その夜。
紬はベッドの上で、昼間の言葉を思い出していた。
男として生きた方がいい。
なぜ。
蒼真は、どうしてあんな顔をしたのか。
自分が女の子として生きたいと思うことは。
そんなにおかしいことなのか。
スマホを見る。
悠生からメッセージが来ていた。
『明日、朝一緒に行く?』
紬は画面を見つめる。
少し迷ってから。
『うん』
と返した。
送信する。
胸が少しだけ跳ねた。
その感覚が何なのか。
まだ、紬には分からなかった。
コメント
1件
なんだろうこの胸のざわつき…😭✨ 紬が鏡の中で「自分だけ違う場所にいるみたい」って感じたシーン、すごくリアルで刺さったよ。それでいて悠生くんの「分からないなら分からないままでいい」って言葉にほっとした。蒼真兄の「危ないから」の裏に何か隠されてる感じも気になるし、最後に悠生くんからの「明日一緒に行く?」に「うん」って返した紬の胸の高鳴り、すごく大事な一歩だと思う…!