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翌朝。
紬は玄関で靴を履いていた。
「紬」
振り返る。
悠生が立っている。
「おはよう」
「おはよう」
「昨日、ちゃんと寝た?」
「寝たよ」
「なんか眠そう」
「悠生が早すぎるんだよ」
「普通の時間だろ」
二人で家を出る。
学校までの道。
昔から何度も歩いた道だった。
けれど、今日は少しだけ違った。
紬は隣を歩く悠生を何度も見てしまう。
「何?」
「え?」
「さっきから見るけど」
「見てない」
「見てた」
「……ちょっとだけ」
悠生が笑う。
「何かついてる?」
「そうじゃない」
「じゃあ何?」
「分かんない」
紬は前を向く。
昨日からずっとそうだった。
悠生といると、妙に落ち着く。
話していると楽しい。
もっと一緒にいたいと思う。
ただの幼なじみだから。
そう思っていた。
学校。
昼休み。
紬は女子の友達と話していた。
「紬ってさ」
「ん?」
「最近、髪伸ばしてる?」
「そうかな」
「ちょっと長くなった」
紬は髪に触れる。
「……伸ばそうかなって」
「いいじゃん」
「似合うと思う」
その言葉に、少し嬉しくなる。
「ありがとう」
鏡を見る。
自分の髪。
少し長くなっただけ。
それだけなのに。
いつもより自分に近い気がした。
放課後。
昇降口。
紬が靴を履き替えていると、悠生が来た。
「帰る?」
「うん」
二人で歩き出す。
少しして。
悠生が言った。
「髪、伸ばすの?」
「うん」
「いいと思う」
紬は悠生を見る。
「……本当に?」
「うん」
「変じゃない?」
「何で?」
「男なのに」
悠生は少し考えた。
「髪が長いくらいで、何が変なの?」
紬は黙る。
「似合うならいいんじゃない?」
「……そっか」
胸の奥が、また少しだけ軽くなる。
「悠生」
「ん?」
「俺が変わっても、普通に話してくれる?」
悠生は少し驚いた顔をした。
「何言ってんの」
「……なんとなく」
「変わっても紬は紬だろ」
その言葉が、妙に残った。
家に帰る。
リビングには蒼真がいた。
紬と悠生が一緒に帰ってきたことに気づく。
「おかえり」
「ただいま」
悠生が返す。
紬も小さく、
「ただいま」
と言った。
蒼真は二人を見る。
そして紬の髪に目を止めた。
「……伸ばすの?」
「うん」
「そう」
それだけ。
でも。
少しして。
「紬」
「何?」
「無理してない?」
紬は眉を寄せる。
「してない」
「そう」
蒼真はそれ以上言わなかった。
紬は自分の部屋へ向かう。
階段を上りながら思う。
蒼真は何を怖がっているんだろう。
自分が女の子として生きたいと思うことを。
どうして、あんなに嫌がるんだろう。
夜。
紬はベッドに座っていた。
スマホを見る。
悠生との今日のやり取り。
たいした内容じゃない。
朝の挨拶。
学校の話。
帰り道の話。
それだけ。
なのに。
何度も見てしまう。
紬はスマホを伏せた。
「……何してんだろ、俺」
自分でも少し笑う。
でも。
胸の奥は、笑えなかった。
悠生と話すと嬉しい。
悠生に「似合う」と言われると嬉しい。
悠生に「紬は紬だ」と言われると、もっと嬉しかった。
それがどういう意味なのか。
まだ、認めるほどの勇気はなかった。
ただ。
今までとは少し違う。
そのことだけは。
紬にも分かり始めていた。
渚
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コメント
1件
うわ、今回もすごく良かった……。朝の「ちょっとだけ見てた」のやりとり、すごく自然で、二人の距離感が絶妙だなって思いました。悠生が「変わっても紬は紬だろ」ってさらっと言うところ、ああいう言葉が一番刺さるんですよね。蒼真の「無理してない?」も気になる。何を怖がってるのか、まだ見えてこないけど、ここからどう動くのか楽しみです。