放課後。教室の隅で落ちていたプリントを拾い上げる。
誰かの忘れ物だと気づいた遥は、急いで持ち主を追いかけた。
「おーい! 落としたぞ!」
声を張った瞬間、教室中の視線が一斉にこちらに向いた。
数秒の沈黙。
次に返ってきたのは「いらねーよ」「勝手に捨てとけよ」という笑い混じりの声だった。
持ち主とされた生徒がわざとポケットから同じプリントを出して、ひらひらと振って見せる。
遥の手の中の一枚は「余計なもの」になった。
「……あ、そっか」
苦笑いでごまかすしかなかった。
誰も礼を言わない。
逆に「拾うの好きだな」「犬かよ」と囁きが飛ぶ。
――違う。ただ返そうとしただけなのに。
胸の奥がざわつく。
それでも「次こそ役に立てるはずだ」と信じてしまう。
後日。
体育館の片付けで、誰も手をつけない重たいマットを遥が両腕で抱えた。
汗で滑りそうになりながら、必死に運ぶ。
「手伝えよ」ではなく「見てろよ」という目線が突き刺さる。
それでも歯を食いしばって前に進む。
――やればきっと認めてもらえる。
だが次の瞬間、わざと足をかけられた。
転倒。
重いマットに押し潰され、苦痛の声が漏れる。
笑い声が体育館に響いた。
「ドジ」
「わざとやってんだろ」
「マットに下敷きとかウケる」
必死さはまたしても「笑い」に変換される。
遥の中で言葉が反転していく。
「手伝おうとした」→「出しゃばった」
「役に立ちたかった」→「邪魔をした」
「頑張った」→「笑わせた」
努力はすべて自己否定に塗り替えられる。
夜、布団の中。
「どうせ俺のやることは迷惑なんだ」
「親切なんて自己満足だ」
「必死になるほどみっともない」
そのつぶやきが止まらない。
一度芽生えた否定は、善意の芽すら踏みにじっていく。
遥は気づく。
――努力も、善意も、結局は俺を笑わせるネタにしかならない。
――だったら、最初から何もしなければよかった。
そう思いながらも、次の日もまた誰かの後を追って動いてしまう。
「今度こそ役に立ちたい」という痛々しい希望を胸に。
そしてまた踏みにじられるために。