テラーノベル
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私が浮気されたのは、結婚前、恋人がいるのにもかかわらず、夏樹さんと関係を持った報い。
離婚の際、慰謝料は一切もらわず、協議離婚の形を取った。
──私って、もしかしたらサゲマンなのかもしれない。
自分の存在で、相手の男がダメになるのなら、もう恋はしない、と心の中で封印した。
封印したはずだったのに──。
***
「さっきからずっと黙ったままだな。何を考えてたんだ?」
回想の海を漂流していた私は、夏樹さんに声を掛けられてハッとする。
今は仕事オフモードのせいか、彼の車は、結構なスピードを出しているように感じた。
『教習所の教官が、荒めな運転でいいの?』と言いそうになってしまったけど、敢えて呑み込む。
前方に視線を向けたまま、ステアリングを握っている夏樹さんの横顔は、ゾクリとするほど冷酷で男の色香を湛えていた。
「橋本さんと初めて会った時の事とか…………思い出してて……」
私の言葉に、夏樹さんがフッと小さく笑う。
彼の愛車は、オレンジ色の光が連なっている夜の国道を走行しているようだった。
「なぁ、由恵」
「はい」
車窓から入り込む明かりに染められた、夏樹さんの表情をチラリと伺う。
「橋本さん、なんて呼び方…………やめろよ。あの頃みたいに……夏樹さんって呼べよ」
「……っ」
車内に、彼の落ち着いた低い声音がやけに響き、私は声を詰まらせた。
八年前、一度だけ身体を交えてから何の音沙汰もなく、恋人を思わせるようなセリフを突く夏樹さんに、私は理解に苦しむ。
「もう俺の事、夏樹さんって呼べない? それとも俺…………由恵に嫌われてんの?」
「そっ……そんな事……」
自信たっぷりに口走る夏樹さんに、閉口してしまった。
彼を嫌ってたら誘いに応じるわけがない、と分かってて言っている口振りに、私は唇を噛む。
「それよりも…………夏樹……さん。どこへ行くんですか……?」
彼が、私から名前呼びをされて気を良くしたのか、ステアリングを掴んでいる指先を、トントンと軽く叩く。
「そうだな…………。横浜」
夏樹さんは、そう言いながらアクセルを踏み込むと、エンジン音が地を這うように唸り、車がさらにスピードを上げた。
コメント
1件
うわ、この8話、めちゃくちゃ空気感が濃密ですね……。車内という閉じた空間で、過去の回想と現在の緊張が交錯する構成が巧いです。由恵が「夏樹さん」と呼ぶか「夏樹」と呼ぶか、そのたった一語の違いに、8年分の距離と熱が詰まってる感じがしてゾクッとしました。相変わらず「サゲマン」という自己認識が痛いほど刺さります。横浜へのドライブ、どこへ連れて行かれるのか先が気になります。
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