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年が改まって間もなく、私が諒の部屋に完全に引っ越す日がやって来た。互いの両親たちには、正月に帰省するより前に報告済みだ。
今日諒は仕事のため、やむなく不在だったが、栞と凛が手伝いに来てくれていた。
私の引っ越しの日程は諒を経由して栞に伝わっていたが、それは栞を通じて凛の耳にも入った。
引っ越し先は近いし、荷物は大分減らしたしで、私一人でもなんとかなるだろうと思ったため、特に誰かに応援を頼むつもりはなかった。しかし、二人は水臭いじゃないかと言って、手伝いを申し出てくれたのだった。
「瑞月ちゃん、こっちの掃除は終わったわよ。他に残ってるのはどこかしら?」
凛に声をかけられて、ガス周りを掃除していた私は手を止めて振り返る。
「ありがとう。後はここ、キッチンの水回りを手伝ってもらってもいい?」
「オッケー」
凛と二人、並んで黙々と掃除に集中することおよそ数十分。
「ふう……。やっと綺麗になった」
「こっちも終わったわ。こんな感じでいいかしら」
「うん、完璧!凛ちゃん、今日は手伝いに来てくれて本当にありがとう」
「どういたしまして。そういえば、荷物は栞ちゃんが受け取ってくれる手筈になっているんだったわね」
「さっき、届いたっていう連絡をもらったよ。ウチに持って行く荷物はそれほど多いわけじゃなかったから、一人でも大丈夫だろうって思ってたけど、二人が来てくれて本当に助かった。おかげで予定よりも早く終わらせることができたわ」
凛はにこりと笑う。
「そう言ってもらえて、来た甲斐があったわ」
「ところで、凛ちゃん。この後、何か予定はある?もしなかったらだけど、ウチで晩御飯食べて行かない?栞も食べて行くって言ってたし、一緒にどうかと思って」
凛はまくり上げていたトレーナーの袖を戻しながら、気づかわし気な顔で小首を傾げる。
「特に予定はないけど……。瑞月ちゃん、引っ越しで疲れてるんじゃないの?」
「全然大丈夫だよ。実はね、もう昨日のうちに色々と下ごしらえしてあるの。だから、ぜひウチでご飯食べて行ってほしいな。それに、四人で集まるのってすごく久しぶりでしょ?もちろん、お礼はまた改めさせてもらうけど」
「お礼なんていらないけど、まぁ、確かにこの面子で集まるのって久しぶりよね。分かったわ。そういうことなら、ぜひお言葉に甘えるわ。そうだ。なんならわたしも何品か作るわよ。リクエストがあれば、だけど」
「えっ、いいの?嬉しいなぁ。凛ちゃんの手料理、すごく久しぶりなんだもの。最後に食べたのはいつだったかしら?そうと決まれば、早くウチに戻らなきゃね。材料はウチにひと通り揃ってると思うんだけど、一応スーパーに寄ってく?」
私はエプロンを脱いでくるくるとまとめた。
「そう言えば、管理会社のチェックはどうなってるの?これから?」
「明日の午前中よ。だから今日は帰っても大丈夫」
「なるほどね。そういうことなら、行きましょうか。それにしても……」
凛は口元に手を当てて笑う。
何が可笑しいのかしらと不思議に思い、私は問うような目で凛を見上げた。
凛は頬に笑みを刻んだまま、しみじみとした目で私を見る。
「瑞月ちゃんはもう、諒の部屋のことを『ウチ』って言ってるのねぇ」
「あ……」
凛に言われて初めて気がついた。
「諒と一緒にいることが、すでに当たり前になっている、っていうわけね。いったいいつから、そういうことになっていたのかしら。ちょっと気になるわねぇ」
凛の顔にはにやにや笑いが浮かんでいる。
私の泥酔の一件ではこの従兄にもかなり迷惑をかけた。その謝罪のために凛の元を訪ねた後、新たな展開があったことについては話していない。しかし、察しのいい凛のことだ、すべてお見通しのような気がしてならない。なんとなくばつが悪い気分で、私は曖昧に笑う。
「色々あったもので……」
「色々ねぇ」
凛は意味ありげな目をしたが、どこか腑に落ちたような顔となって、一人合点したようにこくこくと首を縦に振る。
「なんにせよ、瑞月ちゃんが幸せなのが一番よ。もちろん、諒もね。あの彼なら、絶対に瑞月ちゃんのことを大切にしてくれるわ。心からおめでとうって言わせて」
凛の言葉の中ににじむ温かさに、胸がきゅうっと鳴った。目元に浮かんできた涙を指先で拭い、私は従兄に微笑む。
「ありがとう」
「結婚式は絶対に呼んでよ。その時は諒が嫉妬するくらい、イイオトコ風の格好で参列してあげるわ」
湿っぽくなった空気を払うような明るい声で凛は言い、床にまとめてあった掃除道具類に目を向けた。
「さて、掃除道具はあれで全部?明日またここに来るんだったかしら。どうする?今日のうちに持ってっとく?」
「明日、諒ちゃんも一緒に来てくれることになってるから、その時に持っていくわ」
「分かった。それじゃあ、そろそろ、瑞月ちゃんの新居に移動しましょうか」
促す凛に頷き、部屋を出ようとして、私は足を止めた。改めて部屋の中を見回す。何時間か前までは荷物でごちゃごちゃしていたのが嘘のように、がらんとしている。
ここに住んでいた間の様々な出来事が思い出される。感慨深い思いを胸に抱きながら、私は数年間暮らした部屋を後にした。