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#王子
すっこ
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#主人公最強
杯雪乃
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紙の右下には、
確かに母の名前があった。
水城千佳
十七年前。
まだ誰も死んでいない。
高瀬に最初の死亡通知が届く、
二年も前。
母はすでに、
死亡通知を作っていた。
「じゃあ」
私は紙を見つめた。
「最初から全部、母だったの?」
誰も答えない。
「高瀬さんに送ったのも」
「榊原さんに送ったのも」
「父さんに送ったのも」
「全部?」
「それは違います」
柿崎先生が言った。
「少なくとも、今使われている死亡通知と、千佳さんが作ったものは別物です」
「見た目は同じですよ」
「だから厄介なんです」
先生は、
十七年前の原型を指した。
黒い縁。
氏名。
死亡日。
死亡場所。
現在のものと、
ほとんど同じ。
でも。
「ここを見てください」
死因欄がない。
代わりに。
失うもの
と書かれている。
「失うもの?」
「最初はそうでした」
柿崎先生が、
別の資料を出した。
母の手書き。
死亡通知の設計メモ。
私は読む。
死亡とは、生命活動の停止だけを指さない。
その下。
人は、名前を失っても死ぬ。
家族を失っても死ぬ。
仕事を失っても死ぬ。
信頼を失っても死ぬ。
そして。
だから、あなたが奪った人生を、死亡として通知する。
私は紙から目を離した。
「母らしい」
父が呟いた。
「何が」
「言葉を勝手に定義するところだ」
確かに。
母は、
人が本当に死ぬ日を予告するために、
死亡通知を作ったのではなかった。
人生の何かが終わる日を、
「死亡日」と呼んだ。
高瀬なら、
会社。
榊原なら、
家族。
柿崎先生なら、
医師としての地位。
父なら、
家族。
佐伯なら――
息子。
私は顔を上げた。
「待って」
佐伯課長も、
気づいたようだった。
「俺の通知は違った」
十五年前。
母が佐伯に送ったもの。
最も大切なものを失う。
その結果、
息子が死んだ。
「母は息子さんが死ぬなんて書いてない」
「そうだ」
「じゃあ誰かが」
母の言葉を、
現実の死へ変えた。
「千佳さんは」
柿崎先生が言った。
「比喩として死亡という言葉を使った」
「でも別の人間は」
真壁刑事が続ける。
「それを文字どおりの死に変えた」
私は、
現在の死亡通知を見る。
死因。
転落死。
刺殺。
焼死。
薬物。
今の紙は、
母が作ったものより具体的だ。
残酷なくらい。
「誰が変えたの?」
答えはない。
*
母の設計メモは、
何十枚もあった。
まるで、
小説のプロットみたいだった。
第一段階 通知
相手に、
失うものを示す。
第二段階 選択
自分が失うか。
誰かを差し出すか。
選ばせる。
第三段階 集合
七人を、
同じ場所へ集める。
第四段階 証言
互いの嘘を、
互いに否定させる。
そして。
第五段階 返却
私は、
その言葉で止まった。
「返却?」
真壁が読む。
奪った名前を返す。
奪った家族を返す。
奪った人生を返す。
七人がやろうとしていたことと、
同じだった。
「母も」
私は言った。
「最後は元に戻すつもりだった?」
父は、
すぐには答えなかった。
「千佳は途中で変わった」
「いつ?」
「十七年前、一度死んだあとだ」
階段から落ち。
十三分間、
心停止。
生き返った母。
それから、
七人を尋問した。
でも、
誰も全部は話さなかった。
「その日から」
父は続ける。
「千佳は、普通に訊いても誰も真実を話さないと思うようになった」
「だから脅す仕組みを作った」
「ああ」
「最低」
私は言った。
父は否定しなかった。
「でも」
私は母のメモを見る。
返却
母は、
壊すだけでは終わらせようとしていなかった。
「十五年前、本当に返すつもりだったの?」
答えたのは由紀子だった。
『私には、そう言った』
「何を返すって?」
『娘の名前』
胸が強く打った。
「由紀子さんの娘?」
『……そう』
「誰なの?」
また沈黙。
でも、
今度は少しだけ続いた。
『千佳は十五年前』
由紀子が言った。
『三人に、好きな名前を選ばせるつもりだった』
「三人?」
『澪ちゃんたち』
水城澪。
篠宮ひかり。
相原美緒。
あるいは、
その名前すら正しくない三人。
「本当の名前に戻すんじゃなく?」
『違う』
「どうして」
『千佳が言ったの』
由紀子は、
母の言葉をそのまま口にした。
『もう本当の名前なんてない』
私は息を止めた。
『大人が何度も変えた名前を、本物とか偽物とか呼ぶ資格はない』
それは。
今まで聞いた母の言葉の中で、
初めて、
少しだけ分かる気がした。
『だから最後は』
由紀子が続ける。
『本人に選ばせるって』
母は、
最初に私たちから選ぶ権利を奪った。
そして十数年後。
ようやく。
それを返そうとした。
遅すぎる。
勝手すぎる。
それでも。
「だから死亡通知の最後が“返却”なんだ」
『そう』
だったら。
十五年前の死亡通知は、
七人を殺すためではなかった。
全員を集め、
過去を話させ。
そのあと、
三人の娘へ人生を返すため。
それが母の計画。
でも、
失敗した。
「なぜ?」
私は訊いた。
「どうして十五年前、最後まで行かなかったの」
誰も答えない。
そのとき、
佐伯課長が母の設計メモの一枚を見つけた。
「これ」
最後のページ。
赤い線で、
大きく書かれている。
中止条件
その下。
一人でも本当に死んだ場合、計画を中止する。
私は息を止めた。
「母は」
真壁が言う。
「本当の死を想定していなかった」
だから。
十五年前。
佐伯の息子が死んだ時点で。
母の計画は、
終わるはずだった。
「実際に中止した?」
佐伯が頷いた。
「息子が死んだ翌日」
「母は?」
「俺のところへ来た」
「何て?」
佐伯の顔が歪んだ。
「ごめんなさいって」
母が。
「そのあと?」
「死亡通知を全部回収すると言った」
「回収できた?」
「できなかった」
「どうして」
佐伯は、
静かに答えた。
「千佳さんが作っていない八枚目が、届いたからだ」
また、
八枚目。
柿崎先生が言っていた。
死亡通知は七枚じゃない。八枚ある。
「八枚目は母宛て?」
「そうだ」
「死亡日時は」
「六月十八日」
母が、
最初に心停止した日。
「午後十一時四十分?」
佐伯は頷いた。
母が作った死亡通知には、
本当の死亡予告はなかった。
でも。
八枚目だけは違った。
母自身の名前。
具体的な死因。
具体的な時刻。
そして、
実際に母の心臓は止まった。
「誰かが」
私は言った。
「母の遊びを、本物にした」
真壁が首を振った。
「遊びではありません」
「分かってます」
脅迫。
操作。
人生を選ばせる。
母のしたことは、
十分ひどい。
でも。
殺人の仕組みを作ったわけではない。
「八枚目を作った人が」
私は続ける。
「現在の死亡通知も作ってる?」
「可能性はあります」
十五年前。
母の仕組みを知り。
母より残酷なルールへ変えた人物。
そして今。
同じことを再開した。
「三田村さん?」
真壁は答えない。
三田村は認めた。
七枚目は自分が書いた。
でも。
全部ではない。
なら。
さらに誰かがいる。
*
母の設計メモの最後には、
封筒が貼りつけられていた。
表。
もし私が死んだら開けてください。
私の手が止まる。
「いつ書かれた?」
真壁が確認する。
紙の劣化。
インク。
少なくとも、
かなり前。
十七年前か十五年前。
母は、
自分が死ぬ可能性を、
その頃から考えていた。
中を開く。
一枚の紙。
死亡通知を作ったのは私です。
私は、
声に出して読んだ。
七人を脅しました。
選ばせました。
人生を壊しました。
それは私がやったことです。
母は、
言い訳していなかった。
続き。
でも、人を殺す通知を作ったのは私ではありません。
その一文だけ、
強く二重線で囲まれている。
私の通知で誰かが本当に死んだなら、別の人間が続きを書いています。
私は真壁を見る。
さらに。
その人は、私が死んでも止まりません。
胸が冷える。
母は、
現在のことまで予想していた?
むしろ、私が死んでから始めるでしょう。
私は紙を握った。
その下。
そのために、私は準備しました。
「準備?」
ページをめくる。
次。
私の死後、七枚を澪に届けてください。
私は動けなくなった。
「母が?」
誰に頼んだ?
三田村?
だから。
母の死後。
三田村は家へ七枚を置いた。
「じゃあ」
私は言った。
「今の死亡通知を私が見つけたこと自体は」
偶然ではない。
母が仕組んだ。
「三田村さんは」
私は続ける。
「母との約束で七枚を置いた?」
真壁が答える。
「その可能性が高くなりました」
なら、
三田村は単純な犯人ではない。
母の計画を実行している部分と。
自分で書き換えた部分がある。
「母は」
私は紙を見つめた。
「自分が死んだあと、私がこれを調べるって分かってた」
最後の行。
澪なら、必ず七枚目まで来る。
胸が痛んだ。
私のことを。
何も知らないようで。
母は、
知っていた。
そして。
さらに下。
小さな文字。
七枚目まで来たら、私はもう一度死ぬ。
意味が分からない。
「もう一度死ぬ?」
紙の裏。
母の字。
そのとき、澪は私が本当に死んだ理由を知る。
さらに。
そして、私が死んだあとにしかできないことを始める。
私は、
言葉を失った。
死亡通知を作ったのは、
母だった。
でも。
母が作ったのは、
人を殺す道具ではなかった。
七人を動かし。
嘘を暴き。
奪った人生を返すための、
残酷な仕組み。
そして母は。
その仕組みの最後に、
自分自身の死まで組み込んでいた。
母は、
殺されて計画を終えたのではない。
自分が死んだあとまで――
計画を続けるつもりだった。
コメント
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「……はあ、やば。読む手が止まらなかった」 第57話、一気に持ってかれたよ。 母・千佳が「死亡通知」を作った張本人だったって衝撃。 でも、それ以上に刺さったのは「死因欄」じゃなくて「失うもの」って発想。遊びじゃない、でも♡♡♡ための道具でもなかった、っていう千佳の思想が痛いほど伝わってきた。 そして「澪なら必ず七枚目まで来る」って母の遺言。もうね、澪の気持ち考えると胸がギュッてなるよ…。 八枚目、誰が本当の殺人に変えたのか。続きが怖いけど、ちゃんと見届けたい。