アイスペールを持って、葉月が外へ出ようとした時、突然窓が開いて誰かが入って来た。
入って来たのが啓介だったので、葉月は驚いて叫んだ。
「部屋に入らないで! トイレだったら、玄関側のドアから入って!」
離婚の際、啓介に『二度とこの家には来ない』と約束させた葉月は、毅然とした態度で言い放つ。
「どっちから入ったって同じだろう?」
「ダメよ、約束したでしょう? 本当は庭にだって入って欲しくないのに、仕方なく入れたんだから」
「そんな細かいこと言うなよ。それに、義父さんはもういないんだから、いいじゃないか」
啓介の心無い言葉に、とうとう葉月の堪忍袋の緒が切れた。
「ハァッ? あなた何言ってんの? そんなこと、よく言えるわね。お父さんが死んだ時、あなたどこにいた? 私が何度電話しても出ないと思ったら、愛人と温泉旅行に行ってたんじゃない! それもフライトだって嘘ついてね! それで、よくそんなことが言えるわね」
葉月のものすごい剣幕に、啓介は一瞬たじろいだ。
「い、今さらそんなことを言ってどうする? もうすべて終わったことだろう?」
「はぁ? 時間なんて関係ないわよ! ここは父の家で、今は航太郎と私の家なの! だから、あんたにズカズカ入って欲しくないの! ほら、早く出て行って!」
葉月は怒りを露わにし、両手で啓介を窓際まで押しやった。
しかし、啓介も引き下がらない。
「俺は航太郎の顔を少し見るだけだ。お前は外に行ってろよ、俺一人で行くから」
「はぁ? だからダメだって言ってるでしょう? 航太郎はあなたに会いたくないんだから」
「そんなわけないだろう? 俺はあいつの父親だぞ?」
「こんな時だけ父親ヅラしないでよ! 離婚前は航太郎のことを放ったらかしだったくせに、何なのよ、今さら!」
「お前はぐちゃぐちゃ文句を言うな!」
その時、階段の方から声が響いた。
「いい加減にしたらどうですか? 航太郎君が困ってますよ」
リビングに現れたのは賢太郎だった。その後ろには、航太郎が隠れるようにして立っている。
「航ちゃん!」
「君は誰だ? どうして航太郎と一緒に?」
「近所の者です。航太郎君に聞いた話では、彼はあなたに会いたくないそうですよ」
「そんなわけないだろう? なぁ、航太郎? お前はお父さんに会いたかったよな? 最近ずっと会ってなかったんだから」
「…………」
航太郎は無言のまま、じっと父親を睨んでいた。
その様子を見て、賢太郎が口を開いた。
「嫌がっている息子さんを無理強いするのは良くないですよ。子供はあなたのおもちゃじゃないんだ」
「き、君には関係ないだろう! これは親子の問題なんだ。さあ、航太郎、出ておいで。二人でじっくり話そう」
「嫌だね!」
航太郎は父親にきっぱりと意思表示をすると、勢いよく階段を駆け上がっていった。
「お、おいっ、航太郎! ちょっと待て!」
「ちょっと、これ以上中に入らないで! 約束したでしょう? それに、あの子は思春期の多感な時期なんだから、今はそっとしておいてあげてよ」
「うるさいっ! お前は黙ってろ!」
啓介は、思わず葉月を怒鳴りつけた。
その声を聞いた葉月は、結婚していた頃を思い出す。
あの頃の啓介は、気に入らないことがあると、いつもこうして怒鳴り散らしていた。
葉月が冷静に話し合いに持って行こうとしても、いつも怒鳴られて終わりだった。
その時葉月は、ふと以前やった心理テストの結果を思い出した。
(そっか。だから私の結果は、『どんな時でもきちんと向き合い話をしてくれる人』だったんだ)
葉月は妙に納得した。
その時、賢太郎が少し強い口調で啓介に言った。
「その言い方は、ちょっとひどいですね。葉月さんは親切で言ったんですよ? これ以上父子関係をこじらせないために」
「ハッ? なんだ君は? 大体君はただの隣人だろう? だったら夫婦のことには、口を挟まないでくれ」
「いえ、お二人はもう夫婦じゃないですよね?」
「そうよ! 夫婦の縁なんて、もうとっくに切れてるわ」
その時、窓がガラッと開いて、雅也と莉々子が心配そうに中を覗き込んだ。
「葉月大丈夫? なんか大きい声が聞こえたけど」
「野村さん、なんで怒鳴ってるんですか?」
「い、いや、ちょっと……」
「すきっ腹で飲んだから酔っちゃいました? あ、葉月さん、野村さんにお水!」
「あ、はい……」
葉月は、冷蔵庫からペットボトルの水を取ってきた。
「さあさあ野村さん、席に戻りましょう。今、ちょうどとびきりのお肉が焼けましたから、食べて下さいよ。それに、今、面白い計画で盛り上がってたんですよ。もしよかったら、野村さんにも参加して欲しいなぁ」
「計画?」
「はい。詳しくはあちらで話しますから、どうぞ」
雅也は啓介の腕を引っ張り、庭へ連れ出した。
莉々子は葉月にウインクをすると、窓を閉め、夫と共に庭へ戻って行った。
突然、リビングは静寂に包まれた。
葉月は賢太郎に頭を下げて謝った。
「すみません。変なことに巻き込んでしまって……」
「いえ、大丈夫ですよ」
「本当に、みっともないところをお見せしてお恥ずかしいです」
「気にしないで下さい。それよりも、さっきの話は本当なんですか?」
「え?」
「お父さんが亡くなった時、ご主人は愛人と旅行中だったって」
「聞いてたんですか? え? もしかして、航太郎にも聞こえちゃった?」
「はい、バッチリ……」
「あーーー」
葉月はあまりのショックに、ソファーに崩れ落ちて頭を抱える。
賢太郎も隣に座ると、静かに葉月に言った。
「全部本当のことなんです。でも、息子には話していなかったのに、なぜか知ってたんですよね。なんでかな?」
「中学生にもなれば、いろいろとわかるんじゃないですか? それに、さっき俺にも話してくれましたよ」
「え? なんて?」
「今父ちゃんは不倫相手と暮らしているから、会いたくないって」
それを聞いた葉月は、さらにショックを受けた。
「そっか……二人が一緒に住んでいることも知ってたんだ」
「みたいですね」
「それなのに私ったら、あの子が嫌がっていることにも気づかず、父親に会わせていたなんて。フフッ、大馬鹿者だわ」
「航太郎君はきっと、葉月さんに心配をかけたくなかったんですよ。だから我慢してたんです」
「馬鹿よ……私に気を遣うことなんてないのに」
「それだけお母さんのことが好きなんですよ。それは、彼と話していてよーくわかりました」
「え?」
「何かあると、彼はいつもこう言うんです。母ちゃんがこう言ってた、母ちゃんがあの時こうだったってね」
「…………」
賢太郎の言葉を聞いた瞬間、葉月の目から涙がこぼれ落ちた。
葉月は慌てて指でその涙を拭ったが、涙は次から次へと溢れてくる。
「す、すみません……ちょっと取り乱しちゃって……うぅっ…うっっ」
その時、葉月の身体がフワッと温かいものに包まれた。
(え?)
びっくりした葉月が顔を上げると、すぐ傍に賢太郎の喉仏が見えた。
その瞬間、葉月は自分が賢太郎に抱き締められていることに気づいた。
「思いっ切り泣いてください。そうすれば、きっとスッキリしますから」
賢太郎は葉月の耳元で囁いた。
その声は、あの日事故受付をした時と同じ、甘くソフトで優しい声だった。
その声を聞いた瞬間、葉月の傷ついた心が癒されるような気がした。
(あ、こんな風に抱き締められるのって、随分久しぶりだわ………)
葉月は心地良さに包まれ、そのままの姿勢で賢太郎に身体を委ねていた。
そんな二人の様子を、音を立てずに階段を降りて来た航太郎が、嬉しそうに見つめていた。
コメント
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元旦那さん不法侵入で捕まっちゃえばいいのに💢 今更いいお父さんぶらないで‼️ 莉々子さんお願い 元旦那を徹底的にやっちゃって‼️ でもそのダメ旦那がダメっぷりを発揮してくれたおかげで賢太郎さんと葉月ちゃん急接近❤️ですね 航太郎君も嬉しそうに見守っているし イケパパ賢太郎さん誕生ももう直ぐかな❓
せやで。よう言うやんか。 「不倫の元旦那より、近くの鉄チャン」て。 知らんけど。
啓介は結婚してた時からこうやって威圧的に大声出して話し合いもできない人だったんだろうな。不倫相手と再婚したと知ってどれだけ航太郎くんが傷付いたか。。 葉月ちゃんもその事実は航太郎くんには知られたくなかったよね😢 賢太郎さんの包み込むような暖かさが染みる( ߹ㅁ߹) ᒡᑉᒡᑉᐧᐧᐧ💕