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うわ、この回すごく良かったです……。「それなら、それでいい」って真瀬さんが言った一言、めちゃくちゃ刺さりました。ナナが「聞いてほしかった」自分に気づくところとか、それぞれの人との関係に違う温度があるのをちゃんと認識し始めたところとか、成長を感じられてじんわりしました。最後の「真瀬さんに会いたい」が昨日よりはっきりしてた、っていうのがもうたまらなかったです。
最近、私は自分の顔を鏡で見ることが少し増えた。
化粧を確認するためじゃない。
店に入る前の自分と、店を出たあとの自分が、少し違って見える気がするからだった。
何が違うのかは、まだ分からない。
ただ、前より自分の表情を気にするようになった。
笑えているか。
疲れていないか。
誰かに合わせすぎていないか。
そういうことを確認するようになった。
それまでは、そんなことを考える余裕もなかった。
相手の顔ばかり見ていた。
楽しんでいるか。
満足しているか。
また来てくれるか。
自分はちゃんとできているか。
でも今は、その前に自分を見る。
私は今、どう思っているんだろう。
それが少しずつ分かるようになってきた。
その日、店に入ると、高槻さんが先に気づいた。
「ナナちゃん、おはよ」
「こんばんはですよ」
「細かいなあ」
「営業時間ですから」
「そういうとこ真面目だよね」
笑いながら席を離れる。
いつものやり取りだった。
けれど、私は少しだけ違うことを考えていた。
高槻さんと話すと、やっぱり楽しい。
これは変わらない。
三崎さんと話すと、考えが整理される。
直哉といると、余計なことを考えなくなる。
そして。
真瀬さんの姿を見つけると、私は少しだけ緊張する。
この違いを、前なら「どれが本当なんだろう」と考えていた。
今は、どれも本当なのだと思える。
ただ、その中に一つだけ。
まだ自分でも扱い方が分からない感情がある。
それが、真瀬さんだった。
その日の遅い時間。
真瀬さんが席に着いた。
「こんばんは」
「こんばんは」
いつもの挨拶。
私はグラスを置いて、いつものように笑った。
「今日は遅かったですね」
「仕事が少し長引いて」
「お疲れさまです」
「ナナも」
それだけの会話。
でも、私は少しだけ安心した。
最近、真瀬さんと話すとき、自分の中にあるものを意識してしまう。
前よりも。
それが嫌なわけじゃない。
むしろ、少し嬉しい。
ただ、認めてしまったら何かが変わる気がして、まだ言葉にはしたくなかった。
しばらくして、真瀬さんが私を見た。
「ナナ」
「はい?」
「最近、少し楽しそう」
思わず瞬きをした。
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「そうですか?」
「うん」
「……分かります?」
「前より」
私は少し笑った。
「何かあったわけじゃないですよ」
「そう」
真瀬さんはそれ以上聞かなかった。
そのことに、少しほっとする。
でも、同時に少しだけ物足りない。
聞いてほしいと思った自分に気づいて、私は内心で驚いた。
「最近、外に出ることが増えたんです」
「そうなんだ」
「この前、遠くまで行って」
「楽しかった?」
「はい」
今度は迷わなかった。
真瀬さんは小さく頷いた。
「それなら、それでいいと思う」
その言葉が、妙に残った。
もっと何か言われると思っていたわけじゃない。
どうだったのか聞かれるとか。
誰と行ったのか聞かれるとか。
そういうことを想像していたわけでもない。
ただ、
「それなら、それでいい」
という言葉が、思っていたより深く入ってきた。
私は、誰かに何かを選んでもらいたいわけじゃなかった。
誰かに自分の気持ちを決めてもらいたいわけでもない。
それなのに、真瀬さんにそう言われると、少しだけ肩の力が抜けた。
「……ありがとうございます」
「何が?」
「分かりません」
「じゃあ、いいよ」
私は笑った。
真瀬さんも少しだけ笑った。
それ以上は、何もなかった。
でも、その夜。
家に帰ってからも、私はその言葉を思い出していた。
それなら、それでいい。
私は今まで、誰かを好きになることを、もっと難しく考えていたのかもしれない。
好きなら、何かしなきゃいけない。
好きなら、相手にも同じ気持ちでいてほしい。
好きなら、答えを出さなきゃいけない。
そう思っていた。
でも、真瀬さんは何も求めなかった。
私が楽しかったなら、それでいい。
ただ、それだけ。
私はベッドに座ったまま、スマホを眺めた。
直哉とのやり取り。
高槻さんとの会話。
三崎さんとの言葉。
そして、今日の真瀬さん。
一人ずつ思い出していく。
不思議だった。
どの人のことを考えても、嫌な気持ちにはならない。
むしろ、それぞれに違う温度がある。
直哉を思うと、また会いたいと思う。
高槻さんを思うと、笑ってしまう。
三崎さんを思うと、少し安心する。
真瀬さんを思うと、胸の奥が落ち着かない。
私は目を閉じた。
この違いは、もう分かっている。
だからこそ、少し怖かった。
「……好きなのかな」
小さく呟く。
声にした瞬間、胸がざわついた。
以前も一度、同じことを考えた。
でも、あのときは「かもしれない」で終わった。
今もまだ、断言はできない。
それでも。
真瀬さんが楽しそうにしていると、嬉しい。
真瀬さんにどう思われているのか、気になる。
真瀬さんの前では、少しだけ自分を意識する。
そして今日。
「それなら、それでいい」
と言われたことが、こんなにも嬉しかった。
私はスマホを伏せた。
答えを急ぐ必要はない。
そう思いながらも、自分の中で何かが少しずつ形になっているのを感じていた。
翌日。
三崎さんと話しているとき、ふとそのことを思い出した。
「何かありました?」
「え?」
「今日、少し考え事してるので」
また見抜かれた。
私は笑った。
「最近、考え事が多いんです」
「そうですね」
「でも、前とは違います」
「何が?」
「前は、相手のことを考えてました」
三崎さんは黙って聞いていた。
「今は、自分がどう感じたのかを考えてます」
「それは、いい変化ですね」
「……そうなんでしょうか」
「少なくとも、自分の気持ちを無視しなくなったということですから」
私は少し考えた。
「でも、まだ分からないことも多いです」
「分からなくていいと思いますよ」
また同じ言葉。
けれど今度は、以前ほど「ずるい」とは思わなかった。
「最近、みんなに同じようなこと言われます」
「誰に?」
「内緒です」
三崎さんが少し笑った。
「そうですか」
私はその笑顔を見て、少し安心した。
そして思う。
私はたぶん、もう「誰が一番好きなのか」という問いだけでは、自分の気持ちを説明できない。
誰か一人を選ぶ前に。
私は、それぞれの人と過ごした時間をちゃんと大事にしたい。
その上で。
最後に、自分がどこへ向かいたいのかを決めたい。
その日の帰り道。
私は一人で歩きながら、真瀬さんの言葉をもう一度思い出した。
――それなら、それでいい。
その言葉を、自分にも言ってみた。
今、分からなくてもいい。
迷っていてもいい。
誰かを大切に思いながら、別の誰かといて楽しいと思ってもいい。
まだ答えが出なくてもいい。
ただ。
私はもう、自分の気持ちをなかったことにはしない。
そう思えた。
そして、ほんの少しだけ。
真瀬さんに会いたいと思った。
その気持ちは、昨日よりもずっとはっきりしていた。