食事をしながら、二人は菊田の店に行った時みたいにリラックスして会話を楽しんだ。
涼平は、明日のパーティーに来るメンバーについてを詩帆に教えてくれた。
菊田夫妻の事、二年後輩の佐野の話、加納がベタ惚れの奥さんの話などを面白おかしく教えてくれた。
特に、佐野の話では大いに盛り上がった。
話が一段落した所で詩帆が聞く。
「そう言えば、夏樹さんのお誕生日はいつなのですか?」
「俺は真冬の1月15日なんだ。『夏樹』なのに変だろう?」
と言って笑ったので詩帆も釣られて笑う。
美味しいイタリアンを堪能した後、最後にドルチェとコーヒーが運ばれて来た。
詩帆が苺のティラミスに喜びの声を上げている。
そしてその甘いスイーツを嬉しそうに頬張った。
その時涼平が「ハイ!」と詩帆にプレゼントを渡した。
「え? 私にですか?」
「開けてごらん」
戸惑っている詩帆に涼平が言った。
詩帆はプレゼントを受け取ると、リボンを外し包みを丁寧に開けた。
するとそこには、値段が高すぎて買う事を諦めた写真集が入っていた。
それを見た瞬間詩帆の顔がみるみる笑顔になる。
「これ、すごく欲しかったんです。でも高くて買えなくて…」
そう言ってから涼平の方を向くと、
「ありがとうございます。大切にします!」
詩帆はペコリとお辞儀をして嬉しそうに写真集を抱き締めた。
涼平は心から喜んでいる詩帆を見て、自分の心が嬉しさで満たされていくのを感じていた。
食事を終えた二人は店を出た。
詩帆はご馳走してくれた涼「ご馳走様でした」と礼を言う。
二人はタクシーが拾える大通りまで歩くことにした。
肩を並べてゆっくり歩いていると、少し涼しい夜風が酔った頬に心地よい。
「茅ヶ崎駅の近くに、茅ケ崎市美術館があるのは知っている?」
「知っているけれどまだ行った事はないです」
「小さな美術館なんだけれど、日本庭園もあって凄く落ち着くんだ。良かったら今度一緒に行こう」
涼平の言葉に詩帆は頷く。
そして今度は詩帆が涼平に質問をした。
「夏樹さんは最近引っ越して来たと仰っていましたが、この辺りにはとても詳しいですよね。四年住んでいる私よりも詳しいか
も」
「うん。この辺りには大学時代から通っていたからね。この前紹介した加納先輩がこの辺りの出身なんだ。だから大学時代から
色々と連れて行ってもらっていたからね」
「そうだったのですね」
詩帆は納得する。
「でも大学の時の先輩が今は上司だなんて、なんか楽しそうですね」
「俺が加納先輩の会社に移ったのは今年の春からなんだよ。それ以前は横浜の建築設計事務所にいたんだ。転職の際に横浜から
こっちに引っ越したんだけど、やっぱり引っ越して来て良かったよ。こうして詩帆ちゃんとも出逢えたしね」
涼平がさらっと言うので詩帆はドキッとする。
しかしその顔に気付かれないように、詩帆は涼平とは反対側の景色を眺めた。
大通りまで出た二人はタクシーを拾って辻堂のカフェまで戻った。
そして自転車の停めてある場所まで行き、二人は自転車を押しながら歩き始める。
茅ケ崎から辻堂に戻っただけで詩帆はなぜかホッとしていた。どちらも同じ湘南なのに不思議だ。
四年住んだ辻堂の町は、今では詩帆にとっては第二の故郷になっているのかもしれない。
そんな事を考えていると涼平が言った。
「明日の優子さんのパーティーは歩いて行くからね。菊田さんの自宅は、僕たちの家のすぐ近くなんだよ」
「ご自宅で? パーティーはお店でやるのかと思っていました」
「いや、いつも自宅でやるんだよ。菊田さんの家は大豪邸だからね。20人くらいは余裕で入れるよ」
「すごーい」
「あの人はこの辺りの『ぬし』みたいな人だからね。あとね、優子さんは辻堂でフリースクールを経営しているんだ」
「フリースクールっていうと、なんらかの事情で学校に行けなくなった子供達が通っている学校の事ですか?」
「うん、そう。菊田夫妻は社会貢献になるような事を色々やっているんだ。例えばビーチコーミングとか、地元の作家を応援す
るイベントとか他にも色々ね。だからきっといろんな刺激をもらえると思うよ。詩帆ちゃんは芸術家なんだから彼らと友達にな
っておいて損はないと思う」
「芸術家だなんて…私なんて…」
詩帆は恐縮しながら言う。
「詩帆ちゃんに足りないのは『自信』だね。あんなすごい絵を描けるんだからもっと自信を持っていいと思うよ」
涼平は笑顔で言った。
ちょうどその時詩帆のアパートの近くまで来た。
詩帆はここで大丈夫ですからと涼平に告げる。
「今日は本当にありがとうございました。とても素敵な誕生日になりました」
「喜んでくれたなら良かったよ。じゃ、明日の夕方また迎えに来ます。おやすみ!」
涼平は自転車を押しながら自宅の方へ戻って行った。
詩帆は涼平の姿が見えなくなるまで見送った後、アパートの階段を上って行った。
涼平は一旦マンションへ戻り自転車を停めてから、部屋には戻らずに歩いて海へ向かった。
なぜか今夜は海の潮風を感じたいと思ったからだ。
のんびり歩いていると酔いが醒めてきた。
海へ着くとそのまま砂浜へ足を踏み入れる。
夜の浜辺には、夜釣りをする釣り人が何人もいた。
浜から獲物を狙う釣り人は、サーファーと上手く共存している。
風の強い日はサーファーに優先権があり、風がない日は釣り人達がこぞって出て来る。
そんな習慣がこの地域では自然と形成されている。
涼平は釣り人が頭につけているヘッドライトと携帯の明かりを頼りに、この浜に一つだけあるベンチまで歩いて行った。
そしてベンチに腰を下ろすと真っ暗な海を眺めた。
じっとしていると海風が頬を撫でた。
涼平の耳には波の音だけしか聴こえない。
その規則正しい波音を聞きながら、涼平は今日一日の事を思い返していた。
今日は誕生日の詩帆を喜ばせるつもりで出掛けたはずなのに、涼平自身が喜びで溢れている事に気付いた。
詩帆といると心安らぐ。そして幸せな気持ちに満たされる。
今夜はいつもよりも星が多いようだ。
そんな星空を大きく仰ぎ見た涼平は心の中で呟く。
(菜々子、俺はまた恋をしてもいいかな?)
その瞬間、大きな流れ星が流線形を描いて流れていった。
涼平にはそれが菜々子からの返事のように思えた。
涼平は潮風を思い切り吸い込んで深呼吸をすると、
とても穏やかな表情で夜空に輝く星を眺め続けた。
コメント
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カフェ店員の詩帆ちゃんと🏄会社員の涼平さん、思いがけない出会いから仲良く誕生日をお祝いできる関係に進展🎂🥂✨ 菜々子さんも涼平さんの新しい恋を応援しての特大流れ星🌠だね💏 明日のパーティーも楽しみ〜😊🥂
詩帆ちゃんも、涼平さんも、お互いにとって 忘れられない最高に素敵な誕生日になりましたね🎁🎂💐✨ 涼平さんの願いが叶い、また素敵な恋が始まりますように.....🌊🙏🌠