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百はな🍑
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「――うん。頼んだよ、No.1」
影を纏わせた僕は、すでにガイアの住むビルへと向かって一直線に走り出していた。あのバッファの不自由極まりない能力の仕組みと弱点は、あの場に残してきたNo.1に全て任せてある。しかし、走りながら周囲の景色を見渡すたびに思うが、このクアトルシティという街は本当に不気味な所だ。
笑顔を貼り付けたままの住人たちが、気味の悪い統率の取れた動きで僕の行く手を阻もうと、波のように押し寄せてくる。
僕はそれらを自分の能力である『影』で最低限にいなしながら、目的の巨大な高層ビルへと滑り込んだ。正面エントランスのガラスに自分の姿が映る。
「No.1、大丈夫かな? ……まぁ、いっか。あの人は死んでも諦めが悪そうだし、最後には力ずくでなんとかしてくれるはず」
不器用なNo.1の背中を頭の中から追い出し、僕はビルの奥へと進む。
重厚な自動ドアが開いた瞬間、僕の視界に銃を構えた屈強なガイアの警備兵たちが、ロビーを完全に埋め尽くす形で立ちはだかった。
(ここで体力を消耗させられるのは面倒だ)
僕はため息を吐き、いつでも『過去と未来の影』を起動できるよう、静かに右手を構えた。しかし、警備兵たちは一斉に武器を引くと、綺麗に左右に分かれて僕の進路を開けた。その中の一人が、僕に向かって丁寧に一礼する。
「どうぞ、レイ様。ガイア様が最上階でお待ちです」
「……あ、どうも」
思わず素のトーンで普通の返事をしてしまった。エレベーターのボタンを押し、乗り込む。上昇を始める箱の中で、僕は冷徹に思考を巡らせていた。
(わざわざ手出しをせずに僕を最上階へ案内する。……つまりガイアは、僕が相手でも100%余裕で踏み潰せると確信しているわけだ。――はぁ、ちょっとムカつくかも)
チーン、と静かな電子音が響き、エレベーターがビルの最上階に到達した。スライド式の扉が静かに開く。そこは、クワトルシティの不気味な夜景が360度ガラス張りで見渡せる、圧倒的な王の部屋だった。
部屋の奥、豪華な革張りのソファに深く腰掛けた一人の女が、グラスを傾けながら僕を待っていた。この街の絶対的な支配者――女王、ガイア。
「来たな、反逆者」
「国家転覆しに来ました」
僕が淡々と言い放つと、ガイアはクスリとも笑わず、静かに立ち上がってガラス窓の方へと歩き出した。眼下に広がる、白昼の光に不気味に晒された街の景色を眺めている。その背中には、一切の隙がない。
「質問、いい?」
「ああ、」
「なぜこの街の住人たちを薬漬けに?」
僕の問いに、ガイアは窓の外の街並みを見つめたまま、まるで出来の悪い生徒に教えるような平穏な声で答えた。
「戦争が起きた時に、この国の市民たちが辛い思いをしないためだ。あの薬さえあれば、たとえ空から爆弾が降ってくる戦争の渦中であっても、彼らは楽しい気分のままで過ごしてくれる。オレが与えた救済だ」
本当に反吐が出る。目の前の男は、自分の犯している狂気を本気で正義だと信じ込んでいる。
「もう一つ質問。ナンバーズ計画について。なぜ死刑囚だけじゃなく、一般人までも改造する?」
ガイアがゆっくりとこちらを振り向いた。その瞳には、人間を人間とも思っていない絶対的な冷酷さが宿っていた。
「一般人? 私は生きる価値のないゴミを使っているだけだ。死刑囚じゃなくとも、ゴミのような人間はそこらじゅうにいるからな。有効活用してやっているのさ」
僕は静かにため息を吐き、右手を構えた。これ以上、この男と対話する意味は1ミリもない。
「……なんか予想通り。ガイアって、本当に救いようのないクズだ」
僕が右手に黒い影を収束させると、ガイアは窓の外を見たまま、低く冷たい声で言葉を重ねてきた。
「貴様の目的はこの国の王になり、弱者でも生きやすい国に変えることだったな。……弱者が生きやすい? ――違うだろ。弱者は、生きる価値がないんだよ」
この女の根底にあるのは、強者だけがすべてを支配する絶対的な弱肉強食の思想だ。分かり合える余地なんて、やはり1ミリも存在しない。
「私からも一つ、質問だ」
「どうぞ」
「貴様はトオルから、俺の能力の詳細を聞いているのか?」
「環境を支配する、っていうのは聞いてる」
僕が事実を淡々と告げると、ガイアはゆっくりと僕の方を振り向き、憐れむような笑みを浮かべた。
「そうか。じゃあ、貴様に勝ち目はないな」
その言葉が終わるよりも早く、僕は思考を完全に戦闘用へと切り替えた。四の五の言う時間は終わりだ。今ある手札だけで、この神を殺す。
――影を展開。僕は一瞬で『未来の影』をガイアの目の前の空間へと投射し、自身の肉体を同期させた。空間を跳び越える、視認不可能な瞬間移動。
「はっ……!」
僕は移動の慣性をすべて拳に乗せ、ガイアの顔面に向けて無慈悲な一撃を叩き込んだ。
しかし、至近距離で拳が空気を切り裂いた瞬間、ガイアの身体が不自然に後ろへと流れた。僕の速度に、女王の反応が完全に追いついている。
「聞いた通りの能力だな」
ガイアは殴りかかった僕を見つめながら、背にしていた巨大なガラス窓を自らの身体で突き破った。
ガシャァアンッ!!! と白昼の光を浴びたガラスの破片が四散する。
男はそのまま、ビルの最上階から真っ逆さまに、外の空中へと飛び降りたのだ。
「……っ! 逃がすか!」
割れた窓から吹き込んできた激しい風が、僕の髪を乱す。眼下の空中を落ちていく王の姿を見つめながら、僕は次の一手を考える。
ガイアは真っ逆さまに落下しながら、周囲に漂うガラスの鋭利な破片を冷徹に掴み、自らの手のひらを深く傷つけた。傷口から鮮血が飛び散る。
(……何してんの?)
僕の疑問の答えは、一瞬で最悪の形となって返ってきた。飛び散った王の血は、ガイアが支配するこの巨大なビルの壁面へと降りかかる。
その瞬間、コンクリートと鉄骨の塊であるはずの高層ビルが、不気味な軋み声を上げて物理的に動き出したのだ。
「――ッ!?」
血を吸ったビルが生き物のように変形し、まるで巨大な蛇の顎となって、最上階の窓際にいる僕に向かって無慈悲に噛みついてきた。環境の支配とは、この街のインフラそのものを王の肉体に書き換えることだったわけだ。
「やっば……っ!」
考えるよりも先に、僕の身体は動いていた。僕は、僕に噛みつこうと迫るビルの大蛇の牙を紙一重でかわし、ガラスの破片が吹き荒れる白昼の空中へと、自らの身を真っ逆さまに投げ出した。
高層ビルの壁面が目まぐるしく視界の上へと消えていく。落下する僕たちの周囲で、巨大なビルが蛇のようにのたうち回りながら、空中を落ちる僕の肉体を押し潰そうと何度も牙を剥き始める――。
コメント
1件
おお、第36話、一気に王との対決に突入しましたね。女王ガイアの思想——“弱者は生きる価値がない”——が本当に救いようのない極論で、レイ君の「国家転覆しに来ました」が逆に清々しい(笑)。ビル全体が蛇のように襲いかかってくる“環境支配”の能力、設定の緻密さにワクワクしました。あの空間跳躍すら見切られてしまう展開、ここからどう逆転するのか、続きが気になって仕方ないです!