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終わりのないストーリーですね。完結編とかないのですか?…
雪子は残業を終えた後、漸く家路についた。
それにしても先ほどはびっくりした。
豊村悦司似のイケメン…….いや、イケオジと言うのだろうか?
あんなに雰囲気までそっくりの人がいるのかと正直驚いた。
俊からはオーラのようなものが滲み出ていたので、余計に芸能人のように見える。
きっと幼馴染の優子に離したら大騒ぎをするだろう。
なぜなら、俳優の豊村悦司は私達の世代にはとても人気だったからだ。
彼の演じる役はいつも色気があり男の魅力に満ちている。
もし彼の瞳にじっと見つめられたら悩殺されてしまうかもしれない。
(あれ? 『悩殺』って言葉は、令和ではもう死語かしら?)
とにかく、その豊村悦司似のイケオジが窮地を救ってくれたのだ。
レジにいた時は、さすがに余裕がなかったので気付かなかったが、
俊に代金を渡す際、雪子はさりげなく俊の事をチェックしていた。
身に着けていた腕時計はかなりの高級時計、
かけていた眼鏡もオーダーもののきちんとした眼鏡だ。
着ていた服はカジュアルではあったが、量販店のものではない。
おそらくセレクトショップの物だろう。
ジーンズもヴィンテージ風に見えた。
雪子は長年デパートの外商部に勤めていた経験から、
相手の服装や身に着けている物を見ただけで、おおよその生活レベルがわかる。
だから雪子の判定では、彼はかなりの富裕層だと思えた。
この地域の一角には高級住宅街がある。
このスーパーにはその地域からの客も多い。
おそらく彼もその高級住宅街に住んでいるのではないだろうか?
ただしこの店を訪れる客の顔ぶれはほぼ決まっていた。
毎日働いていると、常連客の顔はほぼ把握している。
しかしあのイケオジを見たのは、雪子は今日が初めてだった。
もしかしたら引っ越してきたばかりの人?
それともたまたま通りかかった人?
そんな事を考えながら歩いていると家の前に着いた。
雪子は門を入る前に、古本が入った段ボール箱の様子を見てみる事にした。
本は結構減っていた。
やはりこういう本に興味のある人達がこの道を通るのだ。
雪子は残っている本を整理して、箱を一つ減らした。
その時、本の間から一枚のメモが落ちた。
メモを見ると、こんな事が書かれてある。
【ずっと探していた本がここにありました。二冊、ありがたく頂戴します。大切にします。一ノ瀬】
それを見て雪子は思わず微笑む。
わざわざ、お礼のメッセージを残してくれた人がいる。
その人はずっと欲しかった本を見つけたようだ。
(欲しかった本を貰ってくれたなら、きっとお父さんも喜んでいるわね)
雪子はなんだか嬉しくなり、鼻歌を歌いながら家の中へ入って行った。
翌朝、早朝からの波乗りを終えた俊は家に戻るとすぐにシャワーを浴びた。
シャワーを終えて身支度を整えると、ちょうど大工の良がやって来た。
「おはようございます。今日は二階の寝室をやらせていただきますね。
あと、昨日は日本酒をありがとうございました。昨晩は家族で一杯やっちゃいましたよ。とても美味かったです」
良はそう言ってニコニコと笑った。
「それは良かったです。今日もよろしくお願いします。私はちょっと散歩に出て来ますね。昼前には戻りますから。あ、テーブ
ルの上のお茶とお菓子はご自由にどうぞ」
「いつもすみません。ところで切り通しの道は行ってみましたか?」
「昨日行ってみました。あそこを通ると駅まですなんですね」
「そうなんです。あそこが一番近道なので、地元の人間はみんな利用しています」
良さんは微笑んで言った。
「じゃあちょっと行ってきます」
俊はそう言って家を出た。
今日も昨日と同じルートを歩く予定だ。
それはなぜかというと、俊はあの家の住人がスーパーの店員の『浅井雪子』かもしれないと思ったからだ。
俊はどうしてもそれを確かめたかった。
昨日は帰宅してからずっと彼女の事が頭から離れなかった。
あれこれ悩むくらいなら直接確かめようと、あえてまたこのルートを歩いてみる事にした。
腕時計に目をやると、ちょうど8時半を過ぎた所だった。
あの家の住人がスーパーの『浅井雪子』なら、そろそろ出勤する頃だろう。
(これじゃあまるでストーカーだな)
俊は思わず苦笑いをしつつ流行る気持ちを抑える。
緩い坂を下りてから左折して細い道へ入る。
昼間は割と通行人が多いこの道も、朝はすれ違う人がほとんどいない。
ひと気のない道を進んで行くと、昨日の段ボール箱が見えてきた。
段ボールの数は3つに減っていた。
本の数が減ったので整理したのだろうか?
そんな事を思いながら俊はまっすぐに歩みを進めた。