テラーノベル
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七星はジーンズの裾を膝までまくり上げ、声を上げて笑いながら、7~8人の子供たちとボールで遊んでいた。
子供たちは小学校低学年から六年生くらいまでと、幅広い年齢層だ。
七星が投げ返したボールは、必ず彼女のもとへ戻ってくる。
高学年の男の子が思い切り投げたボールを受け止めると、七星は今度、低学年の子めがけて優しく投げ返した。
小さな手で精いっぱい受け止めた男児は、にこにこしながらまた七星へ投げ返していく。
(なんだ……?)
状況が飲み込めず、優人は思わず足を止めた。
その様子に気づいた子供の一人が七星に声をかける。
「七星~、誰か来たよ」
七星が振り向くと、驚いた顔の優人が立っていた。
七星も目を丸くする。
「あれ? 先生、どうしたの?」
その声を聞いた別の子が七星に尋ねた。
「七星の知ってる人?」
「うん、職場の人だよ」
そのやり取りを聞いていた優人は、はっとして口を開く。
「キミ……ここで何してるの?」
七星はにっこり笑って答えた。
「何って、ドッジボールに決まってるじゃん。ねーっ!」
七星が同意を求めると、子供たちは嬉しそうに頷きながら声を上げた。
「そうでーす」
「あはは、お兄さん、ドッジボール知らないの?」
「お兄さんも一緒にやろうよ!」
その声に七星が大きく頷くと、いきなり砂まみれのボールを優人に投げてきた。
優人は慌ててそれを受け止める。
その瞬間、まくり上げた白いワイシャツに砂がべったりつき、少しがっかりした気分になる。
それでも優人は、高学年の男の子へ思い切りボールを投げ返した。
男の子はそれをしっかり受け止め、今度は優人の足元を狙って投げ返す。
優人は間一髪でそれを避けた。
「先生、なかなかやるじゃん!」
「ドッジボールは得意だったからね」
波打ち際に転がったボールを拾い、今度は低学年の女の子へ優しく投げる。
女の子はキャッキャとはしゃぎながら、足元に落ちたボールを拾った。
そこからは、優人対七星・子供チームの対戦が始まった。
途中で優人はタイムをかけ、パンツの裾を七星と同じように膝までまくり、靴下と靴を脱いだ。
「わぁ~、本気で来るわよぉ。みんな、頑張ろうね!」
「うんっ!」
「絶対負けるもんか!」
しばらくの間、子供たちは声を上げながら優人へボールを投げ続けた。
最近運動不足の優人は息を切らしながら必死に食らいつく。
いい勝負が続いたころ、駐車場の方から高齢の女性の声が響いた。
「みんな、お待たせ~! そろそろ帰るわよ~!」
「「「「はーい!」」」」
子供たちは素直に返事をし、七星へ向かって言う。
「じゃあ、七星ちゃん、またね!」
「七星、また遊ぼうな!」
「七星ちゃん、遊んでくれてありがとう!」
そして今度は優人へ。
「お兄ちゃんもありがとう!」
「お兄さんのボール、なかなか手ごわかったですよ」
「バイバーイ! お兄ちゃーん!」
無邪気な挨拶を残し、リーダー格の男の子を先頭に、子供たちは手を振りながら駐車場へ向かっていった。
七星はその背中を見送りながら、笑顔で大きく手を振る。
「またねー!」
にこにこと笑う七星の横顔を見ながら、優人も子供たちを見送った。
先ほどまで海面を照らしていた太陽は、ゆっくりと高度を下げ、夕日のクライマックスへ向けて準備を始めていた。
駐車場に停めてあったバンが走り去ると、七星はようやく優人の方へ向き直った。
「先生、なんでここにいるの?」
優人は首をかしげる。
「駐車場があったから、なんとなく寄ってみたら……君がいて。僕のほうこそ驚いたよ」
「ふーん、すごい偶然だね」
七星はそう言いながら、そばにあった大きな流木に腰を下ろし、足についた砂を払う。
優人も隣に腰を下ろし、同じように砂を払い始めた。
「そういえば先生、今日って大きな手術があったんじゃないの?」
「うん……」
「どうだった? うまくいった?」
優人は言葉に詰まる。
「えっ……まさか失敗したとか……」
「いや、失敗はしてない。うまくいったよ」
「じゃあ黙ることないじゃん」
「いや……実は、情けないことに途中で怖気づいて、院長に代わってもらったんだ」
肩を落としてつぶやく優人をちらりと見たあと、七星は空を見上げて言った。
「そっか……。まあ、そんなこともあるよ。人間だもの……」
「でも、医師としては最低だよな。僕なんかが医者をやってていいのかなって……つくづく思うよ」
珍しく弱気な言葉に、七星は姿勢を正し、真っ直ぐ優人を見つめた。
「いつまでも過去にとらわれてるからダメなんだよ」
「えっ?」
「奥さん。亡くなった奥さんのことで、頭がいっぱいなんでしょう?」
「まあ……そうかも……」
「今、先生に必要なのは、“過去”じゃなくて“未来”なんだよ」
“未来”ーーそんな清々しい言葉を耳にしたのは、いつ以来だろう。
腫れ物に触るように接してくる人ばかりだった優人の周りに、こんな言葉を投げかける人はいなかった。
優人は少し新鮮な気持ちになり、七星へ尋ねた。
「“未来”って、どうすれば見えるのかな?」
「簡単だよ。過去に囚われず、日々を淡々と過ごす。目の前のことを、ただ淡々とね」
優人は思わず七星を見つめた。
自分よりずっと若い彼女から、こんな言葉が出てくるとは思わなかった。
まるで人生の酸いも甘いも知り尽くした大人のようだ。
「キミは若いのに、どうしてそんなに達観してるの?」
「“タッカン”? それって何?」
「うーん、そうだな……物事の本質を見抜いて、冷静でいられるってことかな?」
「どうだろう。おばあちゃんに育てられたからかな?」
「そっか……。素敵なおばあさんだったんだね」
「うん。きちんと育ててもらったからね。そういう意味ではすごく感謝してる」
七星は穏やかにそう言い、ふふっと楽しそうに笑った。
気づけば空は深いオレンジ色に染まり、海の上には夕日に照らされた一本の光の道が浮かび上がっていた。
穏やかな海面は淡いオレンジ色に染まり、水彩画のように柔らかく美しい景色を描き出している。
その景色を眺めながら、優人は自分の心がゆっくりとほどけていくのを感じていた。
#幼なじみ
コメント
38件
七星ちゃんの言葉の深み、すごい✨️「過去より未来」そうだよね!皆、今を生きるんだもんね✨️ 今まで誰も言ってくれなかった言葉に、優人先生の止まっていた時間が動き出す気がする😊 七星ちゃん素敵✨ ちょうど私も落ち込むことがあって… 気持ちが沈んでたので😢 七星ちゃんの言葉に勇気づけられました🥹✨
七星ちゃんの言葉に深く重みがある!😊なるほど!そっかと気付かされる。。そんな言葉が出てくる七星ちゃんが素敵だし、育ての親のおばあちゃんもいいおばあちゃんだったのだろうなぁ🥰腫れ物を扱うより、真っ直ぐに向かい合ってくれたら、そりゃ惚れちゃう。。ボチボチ近づくかなぁ🥰🥰
「過去に囚われずに、日々を淡々と過ごす、目の前のことをただ淡々とね」 七星ちゃんの言葉に、私は感動してます😭七星ちゃんも辛い事を乗り越えてきたんですもんね。私も背中を押して貰えた気がしました。「ありがとう😂七星ちゃん」 優人先生も前向きな気持ちで歩いて欲しいです。応援してます«٩(*´ ꒳ `*)۶»フレーフレー♪︎ P.S 意地悪看護師軍団にも負けないでね 七星ちゃん😉皆んな味方です👍