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コメント
1件
うわ、もう…ここまでの流れが全部つながってきた感じがすごいです。特に「母が始めたこと」の真実と、出生記録の書き換え、そして最後の「母が映っていた」の一文で鳥肌が立ちました。一人称の澪さんの視点だからこそ、一つひとつの情報が重く刺さる。柿崎先生の頷きも、父の「まずい」も、全部が伏線だったんですね。続きが気になって仕方ないです…!
「これは、千佳が始めたことだ」
父の言葉が、
病室に落ちた。
私は柿崎先生を見る。
否定してほしかった。
でも、
先生は目を逸らした。
「本当なんですね」
返事はない。
「死亡通知を最初に作ったのは、母だった」
父が頷く。
「十五年前にな」
「人を脅すために?」
「真実を話させるためだ」
「同じでしょう」
声が冷たくなった。
母は七人に殺された。
ずっとそう思っていた。
でも、
母自身が七人を追い詰めた。
「何を聞き出そうとしたの」
父と柿崎が顔を見合わせる。
「私とひかりさんのこと?」
「それもある」
「それも?」
父が椅子に座った。
「千佳は、二十九年前のことを調べ直していた」
私が生まれた日。
母と相原奈緒が、
同じ病院で出産した日。
二人の母親。
一人しかいない新生児。
「十五年前、千佳は会社の帳簿からA-07を見つけた」
父が続ける。
「奈緒の娘に金が流れていた」
「ひかりさん」
「ああ」
「母は前から存在を知ってたんでしょう?」
「知っていた」
「なら何を調べる必要があるの」
父が答えた。
「金を払っていたのが誰かだ」
私は黙る。
A-07。
会社から毎月二十八万円。
「高瀬さん?」
「高瀬名義で処理されていた」
「実際は?」
「七人だ」
背筋が冷えた。
「七人全員?」
「ああ」
「どうして」
「二十九年前の秘密を守るため」
真壁刑事が口を挟む。
「その七人というのは、現在の死亡通知に出てくる七人ですか」
父は少し迷った。
「完全には同じじゃない」
「どういう意味です」
「入れ替わってる」
私は眉を寄せる。
「七人が?」
「死んだ人間の代わりに、秘密を引き継いだ人間が入る」
死亡通知と同じだった。
一人が消えれば、
次の誰かが入る。
「十五年前の七人を教えて」
父は指を折った。
「高瀬隆志」
一人。
「榊原美佐子」
二人。
「俺」
三人。
「柿崎修一」
四人。
「佐伯孝之」
五人。
そこで止まる。
「あと二人」
父は黙った。
「誰?」
「久我じゃない」
「じゃあ誰なの」
柿崎先生が小さく言った。
「一人は、相原奈緒さんです」
私は先生を見る。
「奈緒さんも?」
「はい」
六人。
「最後は?」
誰も答えない。
嫌な予感がした。
「母?」
父が首を振る。
「違う」
「じゃあ」
父は私を見る。
「お前だ」
心臓が跳ねた。
「十五年前、私は十四歳だよ」
「だから千佳は怒った」
「何に?」
「七人目に、お前の名前が入っていたことに」
「誰が入れたの」
「分からない」
「最初は母が作ったんでしょう!」
「最初の紙はな」
父が言った。
「千佳が作ったのは、七人に配るための偽物だった」
「偽物?」
「死亡通知なんて名前も、書式も、千佳が考えた」
未来の日付。
死因。
死亡場所。
選択欄。
「七人を怖がらせて、全員を一か所に集めるためだった」
「どこへ?」
父が答えた。
「岸本総合病院」
また病院。
「二十九年前の記録を前にして、全員に真実を話させるつもりだった」
「なのに?」
「配る前に、一枚増えた」
私は息を止める。
柿崎が言っていた。
死亡通知は七枚じゃない。八枚ある。
「八枚目……」
父が頷く。
「千佳が作っていない死亡通知だ」
「誰宛て?」
「千佳」
私は言葉を失った。
十五年前、
母自身に届いた死亡通知。
六月十八日。
午後十一時四十分。
心停止。
そして母は、
実際に八分間心停止した。
「母が作った偽物を」
私はゆっくり言う。
「誰かが本物にした」
「ああ」
「母が七人を脅そうとしてたことを知っていた人が?」
「そうだ」
「七人の中の誰か?」
父は答えなかった。
真壁が言う。
「少なくとも、水城千佳さんの計画を事前に知っていた人間ですね」
私は柿崎を見る。
「先生は知ってたんですよね」
柿崎の顔が強張る。
「千佳さんから相談された」
「いつ」
「六月初め」
「死亡通知の作り方も?」
「見せてもらいました」
「止めなかったんですか」
柿崎は目を閉じた。
「止めました」
「でも母はやった」
「はい」
「だから人が死んだ」
「……はい」
先生の声が小さくなる。
「最初は、本当に誰も死ぬ予定ではなかった」
父が言った。
「千佳は七人へ別々の死亡日時を書いた」
「全員違う?」
「ああ」
「なぜ」
「怖がらせるためだ」
「最低」
父は何も言わない。
「じゃあ午後十一時四十分は?」
「千佳の案にはなかった」
私は止まった。
「え?」
「千佳が作った紙には、時間まで書いてなかった」
真壁が身を乗り出す。
「つまり」
「午後十一時四十分を加えたのは、別の人間だ」
今の死亡通知に、
何度も現れる時刻。
「その時間に意味がある?」
柿崎先生が、
ベッドの上で目を開けた。
「あります」
「何ですか」
先生はすぐには答えなかった。
「二十九年前」
やがて言った。
「五月十七日、午後十一時四十分」
私の誕生日。
「その時間に何があったんです」
「出生記録が書き換えられた」
私は息を止めた。
「私の?」
「あなたと、ひかりさんの」
「誰が?」
「それを知るために、千佳さんは十五年間調べていた」
「先生は知ってるんでしょう」
柿崎は首を振った。
「私が見たときには、すでに変わっていた」
「何が」
「新生児室の記録」
女児一名。
「本当は?」
柿崎の喉が動く。
「二人いたんですか」
先生は答えない。
「二十九年前、本当は赤ちゃんが二人いたんですよね」
父が言った。
「澪」
「黙って!」
私は柿崎だけを見る。
「二人だったの?」
長い沈黙。
そして先生は、
小さく頷いた。
「二人いました」
世界が止まった。
「じゃあ、さっき一人だって」
「出生記録上は一人です」
「でも先生は見た?」
「はい」
「私とひかりさん?」
「二人の女の子です」
「どっちが誰の娘?」
柿崎の表情が歪んだ。
「分からない」
「どうして!」
「名札が入れ替わっていたからです」
私は声を失った。
二人の赤ん坊。
二人の母親。
水城千佳。
相原奈緒。
そして、
入れ替わった名札。
「母はそれを知った?」
「十五年前に」
柿崎が答える。
「だから七人を集めようとした」
「誰が入れ替えたか、七人の誰かが知ってると思った?」
「はい」
ようやく、
母が始めた理由が見えた。
死亡通知は、
復讐の道具ではなかった。
最初は。
二十九年前の真実を吐かせるための、
脅しだった。
ただ、
誰かがその脅しを利用した。
本当に人を死なせ始めた。
「母は止めようとした?」
私は訊いた。
父が答える。
「止めようとした」
「でも止められなかった」
「ああ」
「それで十五年後、今また始まった」
父は三枚目を見る。
「誰かが終わらせるつもりなんだ」
「何を」
「千佳が始めたことを」
そのとき、
真壁のスマートフォンが鳴った。
「はい」
短い会話。
顔が変わる。
「分かりました」
「何ですか」
「水城雅彦さんの保護場所についてです」
私は父を見る。
「何かあった?」
「県警の施設に、封筒が届きました」
「父宛て?」
「違います」
「誰宛て」
真壁が言った。
「水城澪さん」
私?
「中身は?」
「写真が一枚」
真壁の画面に転送された画像。
母の家。
リビング。
現在の写真だった。
テーブルには、
三枚目の死亡通知。
その横に、
包丁。
そして、
赤い文字。
九月六日 23:40
その下。
水城雅彦は選ばなかった。
さらに、
もう一行。
よって、代替者を決定した。
私は画面を握った。
「誰?」
画像の一番下。
名前が書かれている。
でも、
その部分だけ、
黒く塗り潰されていた。
父が画面を見る。
そして、
初めて顔色を変えた。
「まずい」
「何が?」
「三人目が選ばなければ」
「代わりが死ぬんでしょう?」
「違う」
父が立ち上がる。
「十五年前と同じなら――」
「何?」
父は私を見る。
「一番近くにいる人間が選ばれる」
私は息を止めた。
父の一番近く。
今ここにいる。
私。
柿崎。
真壁。
けれど父は、
私ではなく病室のベッドを見た。
「先生」
柿崎の顔が凍っている。
次の瞬間、
病室のモニターから警告音が鳴った。
柿崎ではない。
真壁の無線。
『水城雅彦氏の保護に関する緊急連絡――』
雑音。
そして警察官の声。
『代替対象者と思われる人物が、岸本総合病院内で確認されました』
私は訊いた。
「誰ですか」
数秒の沈黙。
返ってきた名前に、
父が目を見開いた。
『水城千佳さんです』
母は、
もう死んでいる。
それなのに。
病院の防犯カメラに、
今、
母が映っていた。