テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
📩相談
高校二年生・仮名:Aさん
私は、何かに挑戦して失敗すると、「自分には向いてなかった」ではなく、「最初からやらなきゃよかった」と思います。
例えば、文化祭でやりたい係があって、自分から立候補しました。
準備も頑張りました。
でも、本番で一つミスをしてしまいました。
周りは、「大丈夫だったよ」と言ってくれました。
でも私は、「立候補しなければよかった」「やりたいなんて言わなければよかった」とずっと考えていました。
失敗したことより、「自分からやろうとしたこと」の方が恥ずかしくなります。
次に何かやってみたいと思っても、「また同じことになる」と思って、最初からやめてしまいます。
遥
「……失敗が嫌っていうより。失敗する可能性があるのに、やろうと思った自分が嫌なんだな」
蓮司
「『できなかった』より、『できると思った』ことが恥ずかしい」
遥
「そう。『俺、これやりたい』って言ったあとで失敗すると。自分で自分を晒したみたいになる」
日下部
「Aさんは、失敗を能力の問題だけで捉えていないのかもしれない。『失敗した』から、『自分には価値がない』へ進む前に。『そんなことに挑戦しようとした自分は身の程知らずだった』と、自分を責めている」
遥
「……だから、最初からやらなければ傷つかなかったって考える」
蓮司
「実際、挑戦しなければ失敗もしないからな」
遥
「それが一番怖いところだよな。その考え方、一見すると正しいんだよ。やらなければ失敗しない。でも。やらなかったことまで『正解だった』ってことにしてしまう」
蓮司
「失敗しなかった代わりに、何も始められなくなる」
日下部
「そして、成功する可能性まで自分で消してしまう」
遥
「……。でも、失敗したら恥ずかしい。『やってみたい』って思った自分が馬鹿みたいに感じる」
蓮司
「そこは分けた方がいい」
遥
「何を?」
蓮司
「『やってみたいと思ったこと』と、『うまくできること』。やってみたいと思ったからって、成功するとは限らない。でも、失敗したからって、やってみたいと思ったことまで間違いになるわけじゃない」
遥
「……それ、難しいな」
日下部
「難しくて当然だ。Aさんは、結果を使って過去の自分まで裁いている。本番で失敗した。だから、立候補した自分も間違っていた。しかし、本来は別の話だ」
遥
「立候補した時は、本当にやりたかった。その気持ちまで嘘にしなくていい」
日下部
「そういうことだ」
遥
「じゃあ、次にまた何かやりたくなった時。『また失敗するかも』って思ったら?」
蓮司
「成功するかどうかじゃなくて。『失敗しても、最初からやらなきゃよかったとは決めない』って先に決めとけば」
遥
「……結果じゃなくて、後から自分を責めるところを止める」
日下部
「その方が現実的だと思う。失敗しないことは、自分では完全には決められない。しかし、失敗した自分をどう扱うかは、少しずつ変えられる」
遥
「Aさん。失敗した時に、『やらなきゃよかった』じゃなくて。『やりたかったから、やった』まで戻ってみてほしい。それだけでも、過去の自分を全部否定しなくて済むと思う」
🗝 三人からのことば
遥
「失敗したからって、『やりたい』と思った気持ちまで間違いだったことにしなくていい」
蓮司
「『失敗しなかった』と『挑戦して正しかった』は同じじゃない。何もしなければ傷つかないけど、何も始まらない」
日下部
「失敗した結果だけで、挑戦した自分の価値まで決めなくていい。失敗した自分をどう扱うかも、自分で選んでいける」
コメント
1件
うわあ、このエピソード、めっちゃ刺さりました……。Aさんの「失敗したことより、自分からやろうとしたことが恥ずかしい」って感覚、すごくわかります。私も昔、自分から手を挙げた後にミスしたとき、「なんでやろうと思ったんだろう」って何度も反芻したことあります。 遥たちの「やりたいと思った気持ちまで間違いにしなくていい」という言葉に、じんわり救われる感じがしました。失敗した結果で過去の自分を裁くのではなく、「やりたかったからやった」まで戻ってみる。その視点の切り替え方、すごく丁寧に描かれていて、自分にも取り入れたいなと思いました。 三人の掛け合いも自然で、説教くさくないのがいいですね。特に蓮司の「失敗しないことと、挑戦して正しかったことは同じじゃない」って言葉、胸に残りました。続きも楽しみにしてます!
#お悩み相談室
ruruha
704