テラーノベル
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ざわつく教室の空気は、表面的には日常と変わらない。
だが、空気の粒子の一つひとつが尖っている。
遥の周囲だけ、湿度が異常に高い。
視線。冷笑。悪意。
「言わないけど、見ている」──それが、最も恐ろしい。
「ねぇ、彼氏にこれ、もらったって本当?」
そう言いながら、女子の一人が遥の机に雑に花柄の小袋を置いた。
明らかに“既製品”でないそれは、誰が作ったのかも分からない。
「蓮司くん、手先器用なんだね? 女子力、高いじゃん」
笑い声が起きた。だが、明るさは皆無。
遥は黙ってその袋を見つめる。
触れたら負けだ。
けれど、触れなければ──“図に乗ってる”と叩かれる。
「あたしらの蓮司くんに色目使ってたの? 最初から」
誰かが言った。直接的な責めが飛ぶ。
遥は、笑った。
けれどそれは、筋肉が勝手に引きつっただけの“表情の模倣”だった。
「へぇ、嫉妬? 怖いね、女の子って」
低く、乾いた声で返す。
──それが“引き金”だった。
教室の隅。
静かに立っていた女子の一人が、突然遥の首元を掴んだ。
叫び声も上がらない。
教室の一角で、それは静かに始まり、激しく崩れた。
「ふざけないでよ。あんたみたいな、男か女かも分かんない奴に──
なんで、蓮司くんがあんな顔すんの?」
「……知らねぇよ、俺に聞くな」
「“知らない”じゃねーんだよ、淫乱」
平手が飛ぶ。
椅子が倒れる。
机が引きずられ、金属音が響く。
けれど誰も止めない。
男子も、黙って笑って見ている。
女子の一人が、遥の制服の前を掴んで引き裂こうとした。
ボタンがはじけ飛び、露出した肌に冷たい飲料がぶちまけられる。
「いいよね、色気で釣れて」
「可愛く見せて、男たらし込んでんだろ? 汚ねー」
遥は、何も言わない。
だが笑ってもいない。
代わりに、ただ、ゆっくりと目を閉じた。
──これは、罰だ。
自分でついた“嘘”に、女子たちは真実の怒りを上乗せしている。
“男のくせに”“女を利用して”“人のモノを盗んで”。
そのすべてを、遥は「正しい」と思ってしまっている。
それが、一番壊れていた。
そして教室の扉が、「コンッ」と控えめにノックされた。
振り返ると、
そこに立っていたのは──蓮司だった。
「……なに? 俺、タイミング悪かった?」
目の前で荒らされた遥を見て、
蓮司は一瞬だけ目を細めた。
笑っていた。
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