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#命
ruruha
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#学園
要 九十九
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星キラリ

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眠狂四郎
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六月に入ると、雨の日が増えた。
花火部では、夏の活動に向けた準備が少しずつ本格的になっていた。倉庫の整理や道具の点検、過去の記録の確認。三年生になった美咲も、去年と同じように部室へ通い、仲間たちと作業を続けていた。
「美咲、それ去年の記録と違うで」
亮介に指摘され、美咲は手元の資料を見直した。
「えっ、うそ!」
「確認せんと書き写すからやろ」
「ちゃんと見たつもりやったのに」
「その『つもり』が一番危ないねん」
咲希が横から資料を覗き込む。
「ここ、数字が一個ずれてる。直しといた方がええで」
「ありがとう。助かったわ」
美咲はペンを持ち直し、間違えた箇所を書き直した。
部室には、いつもの声があった。
亮介の軽口に咲希が呆れ、美咲が笑う。そんな時間が、これからも続いていくような気がしていた。
土曜日、美咲は直人と待ち合わせをしていた。
駅前で合流すると、直人は大学の講義が終わったばかりだと言った。
「今日、大学どうやった?」
「レポート出された。思ってたより面倒やわ」
「大学ってレポートばっかりなん?」
「授業によるな。あと、空き時間に友達と飯食べたりしてた」
「ええなあ。大学生」
「美咲も来年やで」
「来年のことなんか、まだ全然想像つかへん」
「進路は考えてるん?」
「一応な。でも、まだ迷ってる」
「そっか。焦らんでもええと思うけど、考える時間は作っときや」
「先輩は大学入って、何か変わった?」
「自由にはなったな。自分で決めることも増えたし、その分、自分で何とかせなあかんことも増えた」
「大人って大変やな」
「まだ大人になりきれてへんけどな」
直人が笑う。
二人は昼食をとり、気になっていた店を覗きながら街を歩いた。
特別な予定があったわけではない。
一緒に食べて、話して、時々立ち止まる。そんな何でもない時間が、美咲には心地よかった。
帰り道、二人は公園のベンチに座った。
美咲が直人の肩に寄りかかる。
「こういう時間、好きやわ」
「俺も」
「何もせんでもええし」
「今日はずっと何もしてへん気もするけどな」
「そういう意味ちゃうって」
美咲は笑いながら、直人の手を握った。
直人もその手を握り返す。
しばらく二人で並んでいたが、美咲が顔を上げると、自然に目が合った。
直人が少し顔を近づける。
美咲は目を閉じた。
唇が触れ、離れる。
そのまま直人の肩に額を寄せると、彼の手が美咲の髪を優しく撫でた。
「もう帰る時間やな」
「まだ帰りたくない」
「俺もやけど、遅くなるで」
「分かってる」
そう言いながら、美咲は握った手をなかなか離さなかった。
それからしばらくして、二人は直人の部屋で過ごすようになった。
大学の講義が終わった日や、休日。
一緒に食事を作ったり、テレビを見たり、何もせずに話し続けたりした。
美咲は直人の部屋にある大学の資料を眺めて、知らない言葉を見つけるたびに質問した。
「これ何?」
「それは授業で使う資料」
「全然分からへん」
「俺も最初は分からんかったわ」
「先輩でも?」
「俺を何やと思ってるん」
「何でもできる人」
「そんなわけないやろ」
直人は苦笑した。
美咲が笑う。
そんなやり取りをしているうちに、二人で過ごす時間は少しずつ長くなっていった。
ある日、いつものように直人の部屋で過ごしていた。
テレビの音が流れる中、美咲はソファに座って直人の肩にもたれていた。
「先輩」
「ん?」
「こっち向いて」
直人が顔を向ける。
美咲は少し照れながら、彼の頬に触れた。
「好きやで」
「俺も好きや」
直人が美咲にキスをする。
美咲も彼の背中に腕を回した。
しばらくして、二人は互いの気持ちを確かめるように見つめ合った。
その先へ進むことを、直人は急がなかった。
美咲も、自分の気持ちを考えていた。
二人はその夜、初めて一線を越えた。
避妊についても考え、必要な準備をしていた。
それでも、妊娠の可能性が完全になくなるわけではなかった。
その後も二人は会い、恋人としての時間を重ねていった。
七月に入った。
美咲はいつも通り学校へ通い、花火部の活動にも参加していた。
夏の準備は忙しく、放課後は部室にいる時間が長くなっていた。
その頃から、朝起きるのが少しつらくなった。
食事の途中で箸が止まることもあったが、暑さのせいだと思っていた。
ある朝、洗面所で顔を洗っていると、急に吐き気がこみ上げた。
「う……」
慌てて洗面台に手をつく。
しばらくして落ち着いたものの、口の中には嫌な感覚が残っていた。
「寝不足かな……」
そう呟き、顔を洗い直した。
けれど、その日も食欲は戻らなかった。
数日後、美咲はカレンダーを見ていた。
最初は何気なく日付を確認しただけだった。
けれど、あるところで指が止まる。
予定していた日を過ぎていた。
「……あれ?」
もう一度、日付を数える。
間違いではなかった。
美咲は携帯を手に取り、検索画面を開いた。
妊娠初期の症状。
生理の遅れ。
吐き気。
画面に並ぶ言葉を読みながら、指先が冷たくなっていく。
避妊はしていた。
だから、大丈夫だと思っていた。
けれど、可能性がゼロではないことも知っていた。
「違うよな……」
誰に聞かせるでもなく呟く。
まだ決まったわけではない。
ただ遅れているだけかもしれない。
そう思いたかった。
その日の帰り、美咲は薬局に立ち寄った。
妊娠検査薬の棚の前で、しばらく動けなかった。
買うべきなのか。
買ってしまったら、本当に確かめることになる。
周りの客の視線が気になり、何度も商品を手に取っては戻した。
やがて一つを手に取り、レジへ向かった。
家に帰ると、すぐに自分の部屋に入った。
説明書を何度も読み、手順を確認する。
検査を終えてから、結果が出るまでの時間がひどく長く感じられた。
美咲は目をそらしていた。
見たくない。
でも、見ないままにもできない。
やがて、恐る恐る視線を戻した。
陽性を示す反応が出ていた。
「……え」
息が止まった。
もう一度見る。
説明書と見比べる。
何度確認しても、結果は変わらなかった。
「うそ……」
手が震えた。
避妊していたのに。
気をつけていたのに。
それでも、妊娠した。
美咲は検査薬を握ったまま、床に座り込んだ。
嬉しいとは思えなかった。
嫌だとも思えなかった。
ただ、怖かった。
高校三年生。
まだ卒業していない。
進路も決まっていない。
自分で生活費を稼いでいるわけでもない。
子どもを育てるということが、どれほど大変なのかも分からない。
学校はどうなるのだろう。
花火部は。
咲希や亮介には。
父親と母親には、どう話せばいいのだろう。
二人はどんな顔をするだろう。
怒るだろうか。
泣くだろうか。
自分を責めるだろうか。
それとも、自分が責められるのだろうか。
そして、直人は。
一緒に考えてくれるだろうか。
大学生の直人に、父親になることを受け止められるのだろうか。
大学を続けられるのか。
生活費はどうするのか。
自分たちはどこで暮らすのか。
考えれば考えるほど、何も分からなくなった。
美咲は携帯を手に取った。
直人に連絡しようとして、画面を開く。
『妊娠した』
たったそれだけの言葉なのに、送信することができない。
送った瞬間、本当に現実になってしまう気がした。
翌日、美咲は産婦人科を受診した。
診察室で医師から説明を受け、検査の結果、妊娠していることが確認された。
「妊娠していますね」
その言葉を聞いたとき、美咲は小さく頷くことしかできなかった。
妊娠週数や今後必要な診察について説明を受ける。
医師は美咲の年齢を確認し、これからのことを一つずつ話してくれた。
「今後のことは、一人で抱え込まないでください。ご家族や、信頼できる大人にも相談しましょう」
「……はい」
「学校生活や家庭のことも含めて、相談できる窓口があります。必要なら一緒に考えていきましょう」
美咲は膝の上で手を握りしめていた。
病院を出たあと、すぐには帰れなかった。
近くのベンチに座り、診察のときにもらった書類を見つめる。
妊娠している。
検査薬だけの話ではなかった。
病院で確認された。
自分のお腹の中に、本当に命がある。
それなのに、自分はまだ制服を着て学校に通っている。
その事実が、どうしようもなく不思議だった。
その夜、美咲は直人に連絡した。
『明日、会える?』
すぐに返事が届いた。
『会えるで。どうした?』
『話したいことがあるねん』
『分かった。どこで会う?』
『いつものところがええ』
『分かった』
携帯を置いたあと、美咲は膝を抱えた。
父親にも母親にも話さなければならない。
学校にも、いつか伝えなければならない。
けれど、今はまだ直人に話すことさえ怖かった。
翌日、二人は駅から少し離れた公園で会った。
直人は美咲の顔を見るなり、いつもと違う様子に気づいた。
「どうしたん?」
美咲はすぐに答えられなかった。
何度も言葉を探して、唇を開く。
「先輩……」
「うん」
「私、妊娠してた」
直人の表情が止まった。
「……妊娠?」
「病院で確認してもらった。間違いないって」
直人はすぐには何も言わなかった。
美咲はその沈黙に耐えられず、急いで言葉を続けた。
「避妊してたやん。だから、大丈夫やと思ってた。私も、先輩も、ちゃんと考えてたつもりやったのに……」
「うん」
「なんで、って思ってまう。私、どうしたらええんやろ」
声が震えた。
「学校もあるし、卒業もまだやし。お父さんとお母さんにも言わなあかん。花火部だって……これから夏の活動があるのに」
美咲は顔を伏せた。
「私、まだ何も決まってへんねん。卒業したあと何するかも、どこで働くかも。子どもを育てるって、どうしたらええんかも分からへん」
直人は美咲の隣に座った。
「俺も、すぐに答えは出されへん」
その言葉に、美咲の肩がわずかに揺れた。
「……そっか」
「でも、分からへんからって、美咲一人に考えさせるつもりはない」
「先輩も怖い?」
「怖いよ」
直人は正直に答えた。
「俺もまだ大学生や。大学のこともあるし、生活のことも考えなあかん。父親になるって言われても、何から始めたらええんか分からん」
美咲は直人を見た。
「大学、どうするん?」
「続けたいと思ってる。でも、それだけを優先するわけにもいかへん」
「私のせいで?」
「美咲のせいちゃう。俺たち二人のことや」
「でも、先輩の人生も変わるやん」
「美咲の人生も変わるやろ」
直人の声は静かだった。
「俺だけが何かを諦めたら済む話でもない。美咲だけが我慢したらええ話でもないと思う」
美咲は唇を噛んだ。
「産むかどうかも、まだ決められへん」
口にした途端、涙がこぼれた。
「こんなこと言ったらあかんのかな」
「そんなことない」
「だって、お腹にいるんやろ?」
「うん」
「でも、私、まだ高校生やで。お母さんになるって、どういうことなんかも分からへん。赤ちゃんの世話なんてしたことないし、働いたこともない。お金だってない」
「うん」
「育てられるんかな。私にできるんかな」
直人はすぐに答えなかった。
「今、無理に答えを出さんでええと思う。病院でも、これからのことを相談できるって言われたんやろ?」
「うん」
「まずは、ちゃんと話を聞こう。学校のことも、家のことも、必要なお金のことも。俺も一緒に調べる」
「お父さんとお母さんに言うの、怖い」
「俺も一緒に話す」
「怒られるかもしれへん」
「それでも、二人で話そう」
美咲はうつむいたまま、涙を拭った。
「先輩、私のこと嫌いにならへん?」
「ならへんよ」
「大学もあるのに」
「大学があるからって、美咲とのことをなかったことにはせえへん」
直人は美咲の手を握った。
「俺も怖い。何が正解か分からん。でも、美咲を一人にはせえへん」
美咲はその手を握り返した。
それでも、恐怖が消えたわけではなかった。
二人の間に、これまでとは違う現実が横たわっていた。
恋人として一緒にいることと、子どもを育てることは違う。
好きという気持ちだけでは、住む場所も、生活費も、学校の問題も解決しない。
二人とも、それを分かり始めていた。
帰宅すると、母親が台所に立っていた。
「美咲、おかえり。ご飯できてるで」
「……うん」
「どうしたん? 顔色悪いで」
「ちょっと疲れただけ」
「最近、あんまり食べてへんやろ。ちゃんと食べなあかんよ」
母親の何気ない言葉に、美咲は胸が詰まった。
食卓には、いつも通り夕飯が並んでいる。
父親も席についていた。
「おかえり」
「ただいま」
美咲は椅子に座った。
目の前には、いつもと変わらない食事がある。
けれど、箸を持つ手が動かなかった。
「美咲?」
母親が顔を覗き込む。
「ほんまに大丈夫なん?」
「……うん」
言わなければならない。
今すぐにでも話さなければならない。
そう思うのに、喉が塞がったようだった。
「ちょっと部屋戻るな」
「ご飯は?」
「あとで食べる」
美咲は立ち上がり、自分の部屋へ向かった。
背中に母親の心配そうな視線を感じながら、扉を閉めた。
ベッドに座り、携帯を開く。
直人から届いたメッセージがあった。
『今日はありがとう。明日も連絡する。これからのこと、一緒に考えよう』
美咲は何度も読み返した。
それから、机の上に置いていた診察の書類を手に取る。
妊娠週数。
今後の診察予定。
注意事項。
知らない言葉も多かった。
まだ何も分からない。
何を選べばいいのかも、どうすればいいのかも。
ただ一つ分かっているのは、自分の中に小さな命があるということだった。
美咲はそっとお腹に手を当てた。
「……どうしたらええんやろ」
返事はない。
当たり前だった。
美咲はまだ、その命をどう受け止めればいいのか分からなかった。
嬉しいと笑えるほど、状況を理解できていない。
怖くないと言えるほど、覚悟もできていない。
両親に話さなければならない。
学校にも伝えなければならない。
直人と一緒に考えなければならないことが、いくつもある。
高校三年生の夏。
美咲は初めて、自分の未来が自分の思い通りには進まないかもしれないという現実を、目の前に突きつけられていた。
コメント
1件
うわあ……第25話、めっちゃ重くて心臓ぎゅってなった😭💦 美咲が妊娠に気づいてからの不安がすごくリアルで、直人も「怖い」って正直に言えるのが逆にカッコよかった……。二人で向き合おうとしてるところにグッときたよ。この先どうなるか、応援しながら読みたい。ruruhaさん、繊細なテーマを丁寧に描いてくれてありがとう🌸