翌朝、ベッドの上で目覚めた凪子はなんだか身体全体がフワフワした感覚に包まれていた。
昨夜はベランダでかなり遅くまで信也と話をした。
あの時信也は確かに言った。
全てが済んだら俺の所へ来いと…。
夜空には流れ星、耳には心地よい虫の音色、
そんなシチュエーションの中で王子様のような信也に見つめられてそんな事を言われたらときめかない方がおかしい。
(もしかしてからかわれた?)
一瞬そんな思いが頭を過ったが、
あの時の信也の真剣な眼差しは、そんな考えを全否定するほどの威力があった。
(あーん、まだちゃんと離婚もしていないのに、ダメダメ凪子!)
凪子はよこしまな思いを脇へ追いやると、出かける準備を始めた。
出社してすぐ、凪子は出勤して来た堀内部長を廊下で捕まえると話があると伝えた。
堀内はすぐに凪子を会議室へと連れて行った。
会議室に入るなりすぐに堀内が言った。
「何かされたのか?」
「昨日帰宅時に、良輔が追いかけて来ました」
「なんだって? で、どうした?」
「駅ビルに逃げ込んだので、接触せずに済みました。でもまたあんな事があると困るので、一応部長に報告しておこうかと…」
「わかった、よく言いきかせておくよ。しかしあいつも馬鹿だな…あれだけ不誠実な事をしておいて、本当だったら君にあわせる顔もないはずなのに…まあいい、今日の午後あいつと面談をする予定だからその時にちゃんと叱っておくよ。これ以上妻を傷付けるなとな」
「ありがとうございます。で…面談って?」
「あいつは営業のセンスもまあまあある方だし、君と所帯も持った。だから俺は今日まで目をかけてやったんだよ。でもなぁ、営業っていうのはやっぱり人と人との信頼関係が一番なんだ。その一番大切な部分があいつには欠落していたんだな。今回の件でそれがよーく分かった。だから良輔には来週から横浜の倉庫へ出向してもらう。もちろん、本社には二度と戻れない出向だ。だから朝倉君も安心したまえ! あっ、もうすぐ朝倉じゃなくなるんだったな! 旧姓はなんだったかな?」
「唐沢です」
「そうそう唐沢君だったな。ハハッ、思い出したぞ、いい名前だ。で、相手の女性も今週いっぱいで辞めてもらう事になった。だから、あともう少しだけ我慢をしてくれないか?君には肩身の狭い思いをさせて大変申し訳ないが、あの二人は来週には本社からいなくなるから」
それを聞いて凪子は心からホッとした。
今週いっぱい我慢をすれば、あの二人とは今後二度と顔をあわせなくて済むのだ。
安心した途端、思わず涙がこみ上げてくる。
凪子は慌てて目尻を指で拭うと、堀内に礼を言った。
そして会議室を出ると、普段通りに通常業務へと戻った。
昼休み、凪子は商品企画部第三課主任の高野麻美からランチに誘われ、外の店へ出かけた。
会社から少し離れたパスタ店へ二人で入る。
この店は、二人がまだ新人だった頃によく訪れた店だ。
パスタランチを注文した後、麻美が言った。
「この店久しぶりだよね。最近凪子とゆっくり話せる機会がなくなっちゃったからさぁ」
「ほんと、お互い忙しくなっちゃったもんね。でもこの店全然変わらないね」
「そうだね。ところでさ、凪子最近なんかあったでしょう?」
「えっ?」
「強がってたってわかっちゃうよ。私達同期でしょう。遠慮しないで言ってくれたらいいのに…」
さすが入社した時からこの会社で共に頑張ってきた同期だ。
麻美は気づいていたのに、今まで気づかないふりをしてくれていたのだ。
そこで凪子は全てを麻美に話した。
良輔が浮気をしていた事、そして今は別居中で離婚の申し立てをしている最中だという事を。
「やっぱりね…浮気相手は派遣の子だよね?」
「知ってたの?」
「フフッ、地獄耳で有名な麻美様だよ! 派遣同士の日常会話を聞いていたら、大体の察しが付くわ!」
「うわっ…さすがっ! 地獄耳の麻美は健在だったか…」
凪子は肩をすくめると、降参といった顔をする。
「フフッ、で、相手は塩崎絵里奈だよね? あいつが自慢げに話していた不倫相手がまさか本当に朝倉さんだったとはびっくりだわ! 実はさ、私以前あの二人が資料室から出て来るのを見た事があるんだよね」
麻美はそう言ってペロッと舌を出した。
「そうだったの? それなら言ってくれても良かったのに…」
「それは無理よ。行き遅れの私が言ったって、凪子はどうせ独身女のやきもちだろうーって取り合ってくれなかっただろうしね」
麻美は笑いながらわざとふざけた調子で言った。
しかしすぐに真面目な顔をして言った。
「というのは冗談で……こういうのって周りがあまりとやかく言うもんじゃないでしょう? まだ未遂かもしれないのに、脇から余計なノイズを入れたくなかったのよ」
凪子はその言葉を聞き、改めて麻美の気遣いの深さを感じた。
麻美は、良輔が愛人と別れて夫婦関係を修復してくれる事を願ってくれていたのだ。
だから不安にさせるような事は一切凪子の耳には入れなかったのだ。
麻美は昔からそういう人間だった。さり気ない優しさや気遣いを周りに振りまく。
凪子は麻美のそんな所をいつも尊敬していた。
「ありがとう。せっかく麻美が気を遣ってくれたのに、結局は別れる事になっちゃって…ごめん」
「ううん、そんな事気にしないで。凪子が決断したならあとは応援するだけだよ。それに凪子がまた独身に戻ったら独身仲間が増えて嬉しいじゃない! ようこそ独身倶楽部へ!」
麻美が水の入ったグラスを持ち上げたので、
凪子もフフッと笑いながらグラスを持ち上げカチンとグラス合わせた。
そこで二人同時に笑う。
「って事は、私のマウント返しにも気づいてた?」
「当たり前じゃない! 普段自慢話なんてしない凪子がワンピースや指輪を見せつけるようにしてるんだもん。すぐにピンと来たわ」
「さすが麻美っ! 鋭い洞察力と細かな気配り……ああ、私が男だったらこんなイイ女放っておかないのに……」
凪子は少し大袈裟に嘆いてみせた。
麻美は声を出して笑う。
「ありがとう、でも大丈夫よ! 40になったって50になったって、私は永遠に白馬の王子様を待ち続けるんだから!」
麻美が開き直って言ったので、凪子は「白馬の王子様ー?」と大声で言って笑った。
それから二人は昼休みが終わるギリギリまで、久しぶりに積もる話に花を咲かせた。
コメント
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信也さんからのプロポーズ⁉️は嬉しいね🌷😊 これは心の安定になるわぁ❤️信也さん本当に優しくて神✨ それにしても良輔の凪子さんへの付き纏いは本当に頭に来るのと同時に怖い🙀 だから部長から2人が来なくなるのを聞けて本当か嬉しい🥹 それでもやっぱり…と思うのはこれまで受けてる危機感⚡️もはやトラウマなんだよね、きっと… 麻子さんの労りも優しくて😹凪子さんがみんなに守られてて本当に良かった💓💓