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「──どうせ俺なんか、最初から、こうなるようにできてたんだろ」
遥が吐き捨てるように言った言葉に、沙耶香は小さく笑った。
「じゃあ、その“通り”にしてあげる」
そう言って、彼女は遥のあごに手を添え、無理に顔を上げさせる。
その指先には、爪が食い込むほどの冷たさがあった。
蓮司は立ち上がり、シャツの袖を無造作にまくった。
「ほら、いつものセリフ言っといてくれると楽なんだけど。
“俺がやりたいからやってます”ってやつ」
遥は喉の奥で笑った。乾いた、ひび割れた笑い。
「……言わなくても、わかってんだろ」
「うん、でも口にさせたほうが、絵になるじゃん」
「……ほんと、おまえら、性格悪いな」
そう言いながらも、遥はベッドの上で膝をついた。
自らの手で、服のボタンを外していく。
その目は、虚ろでもなく、泣きそうでもない。
ただ、“完璧な役割”を演じる者の、研ぎ澄まされた目だった。
沙耶香はその様子を見て、くすっと笑った。
「……やっぱ、いい子だね。
壊れてるくせに、“壊れてません”って顔、ちゃんとやるんだから」
蓮司はそれに応えるように、遥の首筋に手を滑らせながら言った。
「いや、最近は“壊れてることを認めた顔”に変えてきてる。
そこがまた、面白いよね」
遥はなにも言わなかった。
静けさが、部屋を満たしていた。
遥はシーツに背中を預けたまま、天井を見ていた。
息は整っているのに、どこか呼吸の“手順”だけをなぞっているような気配。
蓮司はベッドの端で煙草を吸っている。
その横で沙耶香が髪をかき上げながら、遥に言った。
「ねえ。さっき、ちょっと笑ったでしょ?」
遥は目を動かさずに応えた。
「笑ったように見えたなら、それでいいんだろ」
沙耶香が笑った。
「ほんと、便利なやつ」
蓮司は煙を吐き出しながら言った。
「でも、たまに“ほんとに笑ってる”ように見える瞬間がある」
遥がゆっくりと目を閉じる。
「──だったら、それ、幻覚だよ」
沈黙が落ちる。
蓮司は煙草の灰を落としながら、視線だけ遥を見た。
「おまえってさ、
“壊れてるふり”の演技すらやめたら、どうなると思う?」
遥は応えない。
そのまま、シーツを胸まで引き上げた。
「……何にも残らないよ。
そういうふうに、できてるんだから」
言葉の端に、冷たく乾いた“あきらめ”がにじんでいた。
演技ですらない、「選ばされてきた結論」だけが、そこにあった。