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美和の店を出る頃には夕方になっていた。


「夕飯を食べて帰ろうか?」


いつもは喜ぶ理紗子なのにこの日は外で食べる気分ではなかった。

先程の女性の事が気になっていたせいだろうか?

あれから理紗子は弘人に振られた時の事を思い出していた。

あの時は自分が気付かないうちに恋人が違う女に心を奪われていたのだ。

店での健吾の様子を見た時、理紗子はなぜかあの時の感情に近い気持ちになっていた。


返事をしない理紗子に気付き健吾が言った。


「疲れたなら理紗子の家に行ってデリバリーでも頼むか?」


健吾はどこまでも優しい。

しかし理紗子はこう提案した。


「スーパーで食材を買ってケンちゃんの家で鍋パでもしない?」

「いいのか? 疲れてるんだろう?」

「鍋なら簡単だし大丈夫だよ」

「そう言ってくれるならそうするか」


健吾は嬉しそうだ。


二人は品川へ戻り地元のショッピングセンターに寄る事にした。

駐車場へ車を入れると二人は店に入る。

1階にある書店の前を通った時健吾が寄りたいと言ったので二人で入る。

健吾は経済情報誌の方へ向かったので理紗子はファッション雑誌を見て歩いた。


健吾とショッピングセンターへ来たのは初めてだ。なぜか新鮮に感じる。

二人でスーパーへ買い物に行ったり書店に寄ったり、きっとこういった何気ない事の繰り返しが結婚というものなのだろうか?

その時理紗子の目の前を小さな赤ちゃんをベビーカーに乗せた夫婦が通り過ぎて行った。

理紗子は穏やかな顔でその家族を見つめた。

自分が子供の頃に思い描いていた『結婚』はきっとああいうものなのかもしれないと理紗子は思った。


(今日の私は少し変かもしれない……)


気分を変える為理紗子は小説のコーナーへ移動する。

書店が設置した『秋の恋愛フェア』のコーナーには理紗子の小説がズラリと並んでいた。

真ん中の一番いい位置に理紗子の本が置かれていたので嬉しくなる。

理紗子はそっと自分の本を撫でてから健吾を探しに行った。


その時ちょうど健吾が何冊かの本を手にしてこっちへ向かって来た。

そして理紗子に聞いた。


「理紗子は欲しい本はない?」

「うん、大丈夫」

「じゃあ買ってくるよ」


健吾はレジへ向かった。そして会計を済ませて戻って来る。


「お待たせ。じゃあスーパーに行こうか」


健吾は理紗子の手を当たり前のように握ると手を繋いで歩き出した。


(温かい手…….おばあちゃんになってもこうして繋いでいたいな)


無意識にそう思った自分に理紗子は驚く。

そして自分がこんなにも感傷的になっているのは先ほどの女性の事が気になっているからなのだと気付いた。



スーパーでは健吾がカートを押して理紗子が品物を入れていく。

鍋の食材以外にも酒のつまみに刺身や総菜をいくつか選んだ。

ビールは健吾の家にいっぱいあるというのでビール以外の酒を見に行った。

そこで健吾はレモンサワーを選び理紗子は以前から気になっていた夕張メロンサワーを選んだ。


「夕張メロン美味そうだな。一口くれる?」

「やーだ。飲みたかったらケンちゃんも買えば?」

「甘すぎたら嫌だからな―」

「でも私のはあげないよ」


そこで健吾は悩んだ挙句自分用にもう一本買う事にしたようだ。

こんな些細なやり取りも楽しい。


買い物を終えて駐車場へ行く途中にケーキ店があった。


「ケーキ買うか?」

「食べたいー」


そこでそれぞれが食べたいケーキを選ぶ。

好きな人と一緒ならケーキを選ぶ事すらも楽しい。


健吾のマンションに帰ると理紗子はすぐに鍋の準備を始めた。

健吾はパソコンで相場のチェックをした後キッチンへ戻ってきた。そして何か手伝おうかと理紗子に聞く。


「大丈夫だよ、あっちで座ってて」


健吾は言われた通りソファーに行って寛ぎ始めた。


準備が整うと楽しい夕食が始まる。

テーブルの上には鍋や刺身、買って来たお惣菜が所狭しと並びちょっとした居酒屋のようだった。


「おうちご飯もいいね」

「だな。俺は理紗子と一緒なら毎日でも大歓迎だよ」


健吾の言葉に理紗子は嬉しくなる。

テレビのお笑い番組に笑い転げながら熱い鍋をフーフー言って食べると幸せな気分に包まれる。

夕張メロンサワーは思っていた以上に美味しく健吾はもう1本買っておいて正解だったなと嬉しそうだ。


健吾はお笑い芸人に詳しかった。理紗子が知らない芸人の事も知っている。

健吾の知らない一面を発見し理紗子は嬉しくなる。

こうやって少しずつ相手の事を知っていくのが恋愛というものなのだろうか?


食事の後片付けは二人でやったのですぐに終わった。

その後コーヒーを淹れてからデザートのケーキを食べ始める。

二人がニュースを見ながら会話を交わしていると突然健吾のスマホがけたたましく鳴った。

健吾はデスクへ行きスマホを手に取ると電話には出ないで電源を落とした。


(きっとさっきの女性からね)


そう思った理紗子はつい酔った勢いで健吾に聞いてしまう。


「さっきの女性はケンちゃんの元カノ?」


いきなり理紗子がそんな事を言ったので健吾は一瞬驚いた様子だった。

しかしすぐにニヤリと笑ってこう言った。


「ハハーン、理紗子の様子がおかしかったのはその事が原因か」


健吾は理紗子の様子がおかしかった事に気づいていたようだ。


「確かに彼女とは2年前に半年ほどつき合っていたよ」

「やっぱり! 凄く綺麗な人だったよね」

「モデルをやっているからね」


(モデル……私なんかが到底かなうわけがない….)


黙り込んだ理紗子に健吾が言う。


「理紗子、言いたい事があるならちゃんと言いなさい」

「ううん、なんにもないよ」

「あるだろう?」

「ないもん」


拗ねている理紗子に気付き健吾はソファーへ戻ってきた。そして理紗子を近くへ呼ぶ。


「理紗子、ちょっと来い!」

「ん?」

「いいから」

「なんで?」

「俺達には話し合いが必要だ」

「うん、でも話し合うのならここでもいいじゃん」

「いいから!」


理紗子はしぶしぶ健吾の隣へ腰を下ろそうとした。その瞬間健吾は理紗子の腰を捕まえ膝の上へ乗せる。


「キャッ」


バランスを失った理紗子は慌てて健吾の首に腕を巻き付ける。

そこで健吾が言った。


「彼女とはパーティーで知り合って半年だけ付き合った。あの頃の俺は軽い気持ちでいろんな女性と付き合っていた。それは否定しない。ただ2年前…つまりこのマンションに越して来てからは誰とも付き合っていない。そして今は理紗子だけだ」

「彼女と別れた…理由は?」

「付き合って3ヶ月経った頃彼女が結婚したいと言い出した。当時まだ結婚する気のなかった俺は彼女と距離を取り始めた。すると彼女に別の男の影がチラつき始めたんだ。だからそれを機に別れを告げた。彼女がもし本当に結婚を望んでいるなら俺とは別れた方がいいだろうと思ってね」

「ふぅん。でもケンちゃんはなんで2年前から誰とも付き合わなくなったの? 何か理由があるの?」

「それは…」

「やっぱり何かあるんだ。女性との縁を切って引っ越しまでして……なぜケンちゃんがそうしたのか理由が知りたいの」


理紗子は苦しそうに叫ぶ。なぜそんな事を言ったのか自分でもわからなかった。

ただ以前から心の片隅にあった小さな不安があの女性の出現により表へ出て来てしまったのかもしれない。


すると次の瞬間理紗子は健吾にギュッと抱き締められていた。

健吾は理紗子を抱き締めたままフーッと息を吐くとそのままの姿勢で話し始める。


「これは特別な時に言おうと思っていたのに今言わなくちゃダメか?」


理紗子はどんな事でも受け入れようと覚悟を決める。


「2年前君を見たんだよ」

「えっ? どういうこと?」

「だから2年前僕は君に会っているんだ」

「え? 私覚えてない」

「そりゃそうさ、僕が一方的に君を見ただけだからね」

「?」

「2年前のあの日僕は英人の事務所にいたんだ、投資家のパーティーへ出席する為にね」

「う、うん…….それで?」

「英人の事務所は青山にある。2階の事務所から窓の外を眺めているとちょうど下にベンチがあってね」

「うん…」

「ベンチの横には小さな白い可憐な花が咲いていたなぁ、あの花はなんていう花なのかな? まあそれはいいとして、そのベンチに君が座って泣いていたんだよ」

「えっ?」


理紗子はびっくりして目を見開く。


「覚えてないかな? 俺の推測だとあの日君は坂本に別れを告げられた直後だったんじゃないか?」


理紗子の頭の中にあの日の記憶が蘇ってくる。


弘人が珍しく会いたいと言ってきたので慌てて出かけて行ったカフェ。

そこで聞いた突然の別れ話。

弘人のバツの悪そうな顔。

頭が真っ白なままただひたすら歩き続けた大通り沿いの歩道。

気づくと隣駅付近まで辿り着き咄嗟にビルの間にあるベンチに座った。

理紗子の泣き声をかき消すかのような都会の喧騒。

そしてまるで理紗子を慰めるように揺れていたアベリアの花…….


今も鮮明に記憶がよみがえってくるあの最悪の日に理紗子は最高の出逢いを果たしていたというのだろうか?


「あそこにいたの? ケンちゃんが?」

「ああ」

「でも何で? ただ一度見かけただけでしょう? その後会える保証もないのに? 私の名前も知らなかったのに? それなのに女性と別れて引っ越ししたの?」

「うん」

「バカじゃないの? 会える保証もないんだから普通は他の人と付き合うでしょう?」

「いや、それが出来なかったんだ」

「どうして?」

「君を見た瞬間今までの付き合いが馬鹿みたいに思えてね。もうそういった軽い付き合いは一切やめようと思ったんだ」

「……….」

「だからカフェで君に再会した時は心臓が止まるかと思ったよ」

「あの時からわかっていたのね」

「当たり前じゃないか。忘れられないから俺はずっと独りでいたんだ」


健吾の言葉を聞いて理紗子は両手で顔を覆って泣き出した。

何を心配していたのだろうか? 理紗子は健吾を信頼しきれなかった自分の事が情けなくなる。

理紗子は肩を震わせてただ泣きじゃくるだけだった。


「やっと見つけたんだよ君を。だから俺はもう君を手放す事なんて出来ないんだ」


健吾は両手で理紗子の頬を挟むと指で涙をすくい取る。そして優しく唇を重ねた。


その時理紗子の脳裏には大嫌いだったはずの真っ白なアベリアの花が可憐に揺れていた。







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