テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
帰りの車の中でふいに優弥が聞いた。
「夕食はどうする? 食べて帰る? それともうちでなんか食べるか?」
「家でですか?」
「まぐろの中トロも買ったし野菜もあるし…うちで鍋でもするか?」
お昼にお腹いっぱい食べた杏樹は正直もう外食はしなくてもいいと思っていたので優弥の申し出に惹かれる。
「鍋がいいです」
「じゃあそうするか」
(え? って事は副支店長の家に入れるの? キャッ、どんな部屋なんだろう?)
杏樹は優弥の家に入れると思うと楽しみになる。
マンションへ戻ると二人はエレベーターで40階へ向かう。そして部屋の前まで行くと優弥が言った。
「夕食は俺が準備するから7時にうちに来て。それまで少し休んだらいい」
「お手伝いしなくていいんですか?」
「鍋だから大丈夫だ」
「わかりました。じゃあ後で…」
杏樹は優弥と別れてから部屋に入った。
リビングへ行くとフーッと息を吐きながらソファーへ座る。
時計を見ると時刻はまだ5時過ぎだったのでとりあえず杏樹はシャワーを浴びる事にした。
バスルームから出ると何を着たらいいか迷う。
(ま、隣なんだし普段着でいいか)
杏樹は洗い立てのジーンズにクルーネックのストライプのカットソーを着た。
長い髪は後ろで結びメイクを軽くする。
(そうだ、手土産に何か持って行った方がいいのかな?)
そう思いながら杏樹はキッチンへ向かった。
(そうだ、伯父さんからもらった白ワインがあったわ)
杏樹は冷蔵庫の野菜室にしまってあったワインを取り出す。
立派な箱に入ったそのワインはおそらく高級ワインだろう。
時刻が7時5分前になると杏樹は部屋を出て優弥の部屋へ向かった。
インターフォンを押すとすぐに優弥が出て来た。
優弥はグレーのカットソーにジーンズ姿だった。鍛え上げられた身体のラインがくっきりとわかるその姿に杏樹は思わず目のやり場に困る。優弥もシャワーを浴びたのかほんのり髪が湿っていてとてもセクシーだ。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
優弥がスリッパを出してくれたので杏樹は靴を脱いだ。
玄関の雰囲気は杏樹の部屋とほぼ同じだが広さが全く違った。優弥の家の玄関は自転車を数台置ける広さがあり収納スペースは杏樹の家の倍以上ある。
床も壁もホワイトを基調としたシンプルな造りで、廊下に飾られている現代アートの絵画以外には何もないのでまるでホテルのようだ。
そしてリビングへ入ると杏樹は更に驚愕する。
(凄いわ…うちの4倍以上の広さがあるかも)
「広いですね、うちのリビングとは全然違います」
「角部屋だからな。でもキッチンは同じだろう?」
白で統一された清潔感溢れるキッチンは確かに杏樹の部屋と似ていたがやはり広さが違う。
それに杏樹の家はカウンター式のキッチンだがこの部屋はアイランド式のキッチンになっている。
「うちはカウンター式だからちょっと違います」
「まあこの部屋は単身者用というよりはファミリー向けだからな」
それを聞いた杏樹は納得する。この広さなら5~6人家族でも余裕で暮らせるだろう。
優弥のキッチンは全て隠す収納なので生活臭が全くなかった。
壁際の家電類を置いた棚にも全て扉がついている為閉めてしまえばスッキリ見える。
今はその棚の扉が一部開いていて中の様子が見えた。
(全部スタイリッシュで高価な家電ばかり。これがお金持ちの料理男子のキッチンなのねぇ…」
庶民的な自分の家のキッチンと比較した杏樹は思わずため息をついた。
「もう準備は出来てるから座って待ってて」
「あっと、そうだ…ワイン持ってきたので良かったら。伯父からもらい物ですが」
「ありがとう。伯父さんってマンションのオーナーの?」
「はい。伯父は会社経営をしながら投資家もやっているんです」
「なるほど。で、不動産投資もしているんだ?」
「そうです」
杏樹からワインの箱を受け取った優弥はその銘柄を見て唸る。
「おっ、これ一度飲んでみたかったんだよ。ラッキーだな。伯父さんはワイン好きなの?」
「はい。伯父は食べ物にもお酒にもとにかくうるさいんです」
「そうなんだ。じゃあかなり舌が肥えてるんだろうな」
優弥は嬉しそうな笑みを浮かべたまま棚からグラスを取り出した。
杏樹がダイニングチェアに座るとテーブルの上には既に鍋の材料が並んでいた。
鍋と言っても今夜はしゃぶしゃぶのようだ。霜降りの高そうな肉や野菜が置いてある。
「しゃぶしゃぶですか?」
「そう、しゃぶしゃぶは好き?」
「大好きです」
「なら良かった」
優弥は一旦冷蔵庫へ戻ると今日三崎漁港で買った中トロの刺身を取ってくる。
そしてワインを開けてグラスに注いだ。
「じゃあ乾杯しようか」
「はい、かんぱーい」
二人はグラスをカチンと合わせるとワインを一口飲んだ。
ワインは深みのある芳醇な香りがしてとても美味しかった。
優弥は早速肉をしゃぶしゃぶすると杏樹の皿に入れてくれる。
「ありがとうございます」
「あとは遠慮せずにどんどん食べて」
しゃぶしゃぶのたれはごまだれ味とポン酢味の二種類用意されていた。
どちらもごまやネギが入っていて優弥がひと手間加えたようだ。
杏樹は先に好きなポン酢だれで肉を食べてみる。
そして一口食べた杏樹はびっくりした顔をした。
「おいしーい! お肉もですがこのたれ凄く美味しいです」
「このポン酢には聖護院かぶらのもみじおろしが入ってるんだ。酸味がきつ過ぎなくてまろやかだろう?」
「はい、普通のポン酢とは全然違います」
あまりの美味しさに杏樹は笑顔になる。
二人は美味しい食事とワインを楽しみながら今日のドライブの話で盛り上がった。
釣りの時はどの漁港から船が出るのか、どんな魚が釣れるのか、夏に釣りに行った際は帰りに必ず道端で売っているスイカを買って帰る事等、優弥は三浦半島での色々な話を聞かせてくれた。
それを聞いた杏樹はますます釣りへの興味が湧く。
楽しい話に酒も進み食事が終わる頃には杏樹はすっかりほろ酔い気分になっていた。
ご馳走になったお礼に杏樹が後片付けを申し出たが結局優弥も手伝ってくれて二人で片付けた。
その後優弥がコーヒーを淹れてくれた。
コーヒーと共に冷蔵庫から貰い物だという高級チョコレートを出してくれた。
(はぁー、高すぎるからいつもデパートで横目に見て通り過ぎる店のチョコだ!)
杏樹はうっとりとため息をつきながら嬉しそうにチョコレートを頬張った。
二人が並んで座ったソファーの真正面には床から天井まで一面はめ込み式のガラス窓がある。
その窓からは摩天楼のように煌びやかな景色が広がっていた。
都心の一流ホテルにも劣らないその夜景を見ていると、まるで今ホテルにいるような錯覚を覚える。
優弥の部屋はシンプルで生活感がないので余計にそう感じてしまうのだろう。
その時杏樹の脳裏には正輝の散らかった1LDKの部屋が思い浮かんだ。
(はぁっ……同じ銀行員でもなんでこんなに違うの?)
杏樹がそんな事を考えていると突然優弥に抱き締められた。
優弥の喉元に顔を埋めるような形でギュッと包み込まれた杏樹はあの魅惑的なウッディアロマの香りを感じる。
(あ、ダメ……この香りを嗅いだら駄目よ……)
途端に杏樹の心臓がドキドキと高鳴り始めた。
その時優弥が一度身体を離して杏樹を見つめる。じっと見つめられた杏樹は全く身動きが取れない。
それはまるで獲物を狩ろうとしているカマキリに睨まれた小さな虫のようだ。
優弥はそこで優しい笑みを浮かべると杏樹の左手を取り親指でアクアマリンの指輪に触れる。
そして次にその手を持ち上げて指輪にキスをした。
「あっっ……」
そのあまりにも官能的な仕草に身体の芯がズキンと疼いた杏樹は思わず声を上げてしまった。
その声に優弥が反応する。
優弥はかすれ気味の声で言った。
「シャワー浴びてきたんだね……いい子だ」
「えっ? あ、ち、違いますっ……そういう意味じゃなくて」
「じゃあどういう意味?」
優弥はニヤリと笑った。
「えっと、お酒を飲んだら眠くなるから先に入っておくと楽かなって……」
「ふーん、眠くなっちゃうんだ。じゃあもうベッドへ行った方がいいな」
「え? あ、いえ…ま、まだ大丈夫です……」
杏樹が焦って答えると再び唇が塞がれる。
静かな室内には二人のリップ音だけが響き始めた。そしてその音はしばらくの間続く。
漸く唇を離した優弥が囁くように言った。
「あの夜はかなり積極的だったのに今日は随分控えめなんだね。一体どっちが本当の君なんだい?」
「え? あの時私ってそんなに積極的でしたか?」
「うん、凄かったよ。覚えてないの? いずれにしても俺はこれから杏樹の両面を見られるんだな、凄く楽しみだ」
優弥は嬉しそうに笑うと立ち上がってからいきなり杏樹を抱き上げた。
「キャッ」
身体のバランスを崩した杏樹は慌てて優弥の首にしがみつく。
すると優弥は再び杏樹に唇を重ねてから寝室へ向かった。
そしてその夜二人は熱く深く長い長い夜を過ごした。
コメント
46件
杏樹のおじさまとゆーやさん気が合いそうね
シャワー浴びてきてイイ子❤なんだけど。 後で一緒にお風呂入るんだよね?( *´艸`)❤ まー、どんだけお楽しみするのか?朝までかな?じゃ、朝風呂♨️ですかな?(>∀<”)ウフ♡
ながぁい~、よるぅをぉ、とびこえてみたい、おまえぇ~だぁけにぃ~~、このあいを、ちかぁう~~~~~~~~(松山千春『長い夜』より)ベタにいってみました。あ、どうぞごゆっくり。代わりに鍋頂いときますんで。