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遥は、日下部の言葉を聞いたまま、動けなかった。
ただ俯いて、泣くこともできずにいた。
泣いたら、すべてが壊れる気がした。
けど泣かなければ、自分が本当に“悪者”として終わる気がした。
そんな中途半端な夜の中、時間だけが、痛いくらい静かに流れていく。
日下部が先に動いた。
黙ったまま、部屋の隅に置かれていた毛布を引き寄せる。
ソファに戻るかと思った。けれど彼は、遥の隣に座り――毛布を半分、遥の肩にかけた。
「……寝ないのか」
ぽつりと、それだけ。
遥は答えない。
けれど、それを拒絶でも肯定でもなく、ただ受け止める気配で返す。
しばらくして、日下部が口を開いた。
「……殴れって、言っただろ」
「うん」
「できねぇよ」
「……知ってた」
遥の声はかすかだった。
膝を抱え、うつむいたままの姿勢で、小さく震えていた。
「たぶん、泣きたくて泣けないんだと思う」
「……」
「自分で、自分のこと許してないのに……誰かに許されるの、怖いから」
それは遥の言葉だったのか、日下部の言葉だったのか。
もうどちらでもよかった。
ふたりとも、たぶん同じことを思っていた。
そしてその夜――
遥は、日下部の肩に額を預けた。
自分から触れるなんて、ずっとできなかったのに。
このときだけは、自分の存在が今ここにあるって確かめるために、必要だった。
日下部は、何も言わず、遥の頭をそっと抱いた。
その腕の強さに、遥はついに、静かに、声を殺して泣いた。
ようやく、泣けた。
壊れきったわけじゃなかった。
全部を捨てたわけじゃなかった。
それが、どれほど怖いことだったか――その腕の中で、知った。