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さぶた@気分屋
101
小学校四年生。
まだ三人で帰るのが当たり前だった頃。
放課後の校門で、紬は蒼真を待っていた。
「蒼真、遅い」
「ごめん」
蒼真が走ってくる。
髪が風で揺れている。
「先生に呼ばれてた」
「何で?」
「知らない」
悠生が横から笑う。
「また何かしたんじゃない?」
「してない」
「ほんと?」
「ほんと」
三人で歩き出す。
いつもの帰り道。
いつもの三人。
「蒼真」
後ろから声がした。
振り返る。
同じ学年の男子が数人立っていた。
「何?」
「お前、髪長すぎじゃね?」
一人が蒼真の髪を見る。
「女みたい」
別の男子が笑う。
蒼真は困ったように笑った。
「そう?」
「そうだよ」
「切らないの?」
「……別に」
「女みたいで恥ずかしくないの?」
蒼真は答えなかった。
紬は隣に立ったまま、男子たちを見る。
「可愛いじゃん」
何気なく言った。
男子たちが笑う。
「弟もそう思うんだ」
「兄弟そろって変なの」
紬には、その言葉の意味が分からなかった。
蒼真だけが黙っていた。
帰り道。
三人とも、しばらく話さなかった。
最初に口を開いたのは悠生だった。
「気にすんなよ」
蒼真は前を向いたまま、
「気にしてない」
と答えた。
「ほんと?」
「ほんと」
「じゃあ笑えよ」
「なんで?」
「いつもなら笑うじゃん」
蒼真は少しだけ笑った。
「これでいい?」
「無理してる」
悠生が言う。
蒼真は笑うのをやめた。
「……うるさい」
それ以上は何も言わなかった。
その日の夜。
紬は鏡の前に立っていた。
長い髪。
女の子みたいな顔。
昼間の男子たちの言葉を思い出す。
女みたい。
恥ずかしくないの。
紬は自分の髪を触る。
そして蒼真の顔を思い出す。
昔から、蒼真は自分より少しだけ先にいた。
服も。
髪型も。
周りからの見られ方も。
だから紬は思っていた。
いつか自分も、蒼真みたいになれる。
「……俺も」
鏡に向かって呟く。
「いつか、女の子になれるかな」
その言葉に、まだ名前はなかった。
ただ、
自分もあんなふうになりたい。
それだけだった。
翌日。
学校。
休み時間。
教室の後ろで男子たちが蒼真の髪をからかっている。
「やっぱ長いって」
「切れよ」
「女みたい」
蒼真は黙っていた。
紬は遠くから見ていた。
昨日とは違う。
今日は笑っていない。
一人の男子が蒼真の髪を後ろから引っ張った。
「痛っ」
蒼真が振り返る。
「やめろよ」
「何怒ってんの?」
「怒ってない」
「じゃあいいじゃん」
また笑う。
そのとき。
「やめろ」
悠生が割って入った。
男子が振り返る。
「何、お前」
「嫌がってるだろ」
「別に」
「嫌がってる」
悠生は蒼真の前に立つ。
男子たちは顔を見合わせる。
「……つまんね」
そう言って離れていく。
蒼真はしばらく黙っていた。
「悠生」
「ん?」
「……ありがとう」
「別に」
悠生は笑う。
「友達だろ」
蒼真も少しだけ笑った。
その笑顔を見て。
紬は胸の奥がざわついた。
嬉しいのに。
なぜか少しだけ、寂しかった。
自分も助けたかった。
でも。
何をすればいいのか分からなかった。
その日から。
少しずつだった。
蒼真の周りから、笑い声が増えていった。
まだ誰も、それを「いじめ」とは呼ばなかった。
蒼真自身も。
まだそう呼ばなかった。
コメント
1件
うわ、これ…。蒼真の髪を引っ張るシーン、読んでて胸が苦しかったです。悠生が「嫌がってるだろ」って割って入るところはちゃんと友達だなって思えたし、めちゃくちゃ好き。でも一番刺さったのは、紬が鏡の前で「いつか女の子になれるかな」って呟くところ。まだ名前のない違和感が丁寧に描かれていて、嬉しいのに寂しいっていう気持ちもすごく分かる。続きが気になります。