テラーノベル
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「あいつ、逃げやがったか……。まぁいい、お前とタイマン張れるんだからな」
アレンは吐き捨てるように言い、雨に濡れた髪を無造作に掻き上げた。
逃げた奴――カケルのスピードは異常だった。なら、目の前に立つこの男はどんな能力を隠しているのか。
「あなたも能力、使うんですよね? 教えてもらえませんか?」
「断る。俺もお前の能力、知らんからな」
アレンの言葉が途切れるより早く、地面の雨水が爆発したように跳ね上がった。
速い。カケルとは違う、重戦車のような踏み込み。
アレンの拳が、空気を圧縮しながら僕の顔面に迫る。
「……ッ!」
僕は反射的に影を飛ばし、数メートル後方へ座標を移した。
だが、アレンは僕が実体化した瞬間に、既にその懐へと潜り込んでいた。
能力を使っていないはずなのに、その戦闘センスが僕の『未来』を読み切っている。
ドォォォォンッ!!
防戦一方の僕の腹部に、No.1の重いストレートが突き刺さった。
通常の人間の五倍の筋力。それは鉄柱で殴られたような衝撃だった。
僕は背後の電柱をなぎ倒しながら吹き飛び、アスファルトの上を転がる。
「なんだよ。こんなもんか?」
アレンが冷たく笑う。
僕はボロボロになった体を、再生力の熱で強引に繋ぎ止めた。
「……なら、これでどうだ!」
僕は三人の自分を周囲に実体化させ、全方位からアレンを包囲した。
過去、現在、未来。
三つの拳が、同時にアレンの急所を狙って振り抜かれる。
「これはエグいな……。」
アレンは笑みを消し、最小限の動きで僕の猛攻を紙一重で回避し続けた。
一撃一撃がかすめるたびに、彼の服が千切れ、皮膚が裂けて血が噴き出す。
アレン以上のパワーで掠めただけで致命傷になりかねない暴力を、彼はただの「技術」と「執念」だけで受け流していく。
バキィィィィンッ!
僕の拳がアレンの肩に直撃し、凄まじい衝撃音が雨音をかき消した。
普通の人間なら肩から先が吹き飛んでいてもおかしくない一撃。だが、彼は顔を歪めながらもその場に踏みとどまり、すぐさまカウンターの蹴りで僕のアゴを跳ね上げた。
脳が揺れる。視界が火花を散らす。
殴っても、殴っても、アレンは止まらない。
No.1よりも強力な威力を持つ僕の一撃を、彼は最小限のダメージに抑え、執念深く食らいついてくる。
「あなたヤバいですよ…。僕と同じですか?」
思わず問いかけていた。
この異常なタフさと、死線を潜り抜けてきた獣のような反応。自分と同じ、あの処刑台で生まれた「怪物」なのではないか、と。
だが、アレンは口の端に溜まった血を吐き捨て、不敵に笑った。
「……いや。俺はただの『改造人間』だ。お前みたいな、デタラメな性能じゃねぇよ」
その声には、圧倒的なスペック差を理解した上での、凄まじい「自負」がこもっていた。
人の手によって作り上げられた、最強の『兵器』なのだという誇り。
「えぇ……。なんかそっちの方が僕より怖いじゃん。」
僕は思わず本音を漏らした。
得体の知れない「覚醒」という現象よりも、明確な殺意と技術を持って僕を壊しに来る「兵器」の方が、よっぽど不気味で、恐ろしい。
「光栄だな……。お前みたいな化け物褒められるなんて。」
アレンが再び踏み込み、僕の顔面に拳を叩き込む。
火花を散らす視界。骨が軋む衝撃。
激突がさらに加速する。互いの拳がぶつかるたび、衝撃波で周囲の雨粒が霧散し、アスファルトには無数の亀裂が刻まれていく。
その時だった。
――ズゥゥゥゥゥゥゥンッ!!
街の空気を物理的に押し潰すような、凄まじい重低音が響き渡った。
遠く、監獄の方角から立ち上がる黒煙。
「……ッ!? なんだ、今の音は……!」
アレンが動きを止めた瞬間、彼の胸元にある通信機が耳障りなノイズを吐き出した。
『――緊急入電! 第十七管区監獄にて、第3の覚醒者が脱獄! 警備隊は全滅、周囲は壊滅状態……繰り返す、新たな覚醒者、怪物が現れた! 対象をレイから死刑囚・デッドQへ変更し――』
雨音に混じって漏れ聞こえる、焦燥しきったオペレーターの声。
それは僕の耳にも、はっきりと届いていた。
第3の、覚醒者。僕と同じ、怪物か…。
脳が、また一段と熱を帯びる。
目の前の「兵器」と泥臭く殴り合うことよりも、もっと大事なことがあるはずだ。
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そのデッドQって奴なら僕がなぜこんな体になったのか、この力の先には何があるのかを知っているかもしれない。
「……悪いけど、タイマンはまた今度だで」
「待て! 逃げるのかレイ! まだ終わっていないぞ!」
激昂するアレンを無視し、僕は爆音のした方角へと視線を投げた。
一歩踏み出し、未来の影に肉体を重ねる。
「さよなら。今は、アレンよりも気になる『同族』がいるんだ」
僕は影を飛ばし、アレンの怒声を引きちぎるようにして、雨の夜へと消えた。
レイが去った後、一人残されたアレン
「クソ……。あとを追うか……っ」
アレンは激痛の走る肩を強引に回し、血の混じった唾を吐き捨てた。
逃げたカケル。自分を置いて去ったレイ。
プライドをズタズタにされた彼は、震える足で一歩を踏み出そうとした。
その時。
雨音を吸い込むような、不自然な気配が背後に立った。
「……やっぱり、素敵。ボロボロのアレン様も、最高にカッコいい……」
あまりにも場違いな甘い声。
アレンの背筋を、レイの時とは違う、生理的な悪寒が駆け抜けた。
「……誰だ」
鋭く振り返ったアレンの視線の先。
雨に濡れたアスファルトの上に、一人の女が立っていた。
夜の闇に溶けるような黒髪のロングヘアに、不自然なほど鮮烈な、真っ白なドレス。
死人のように白い肌をした彼女は、恍惚とした表情で、アレンの傷だらけの体を見つめている。
「……アレン様。やっと、二人きりだね」
その場違いに甘い声を聞いた瞬間、アレンの背筋を、今までにない生理的な悪寒が駆け抜けた。
闇に潜む、第四の怪物。
執着の連鎖は、さらなる狂気を呼び寄せようとしていた。
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