テラーノベル
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#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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その夜、ランブリング班の見回りを終えたサベリオは、誰もいないはずの会計机に灯りがついているのに気づいた。
しずくシェルターの奥、壁ぎわに並べた長机。その上には帳簿、領収書、修繕見積もり、借用書の控えが山になっている。前の周回でも見慣れた景色だ。けれど今夜は、その紙の山の前でダニエロが片手で額を押さえていた。
ため息が、紙をめくる音より深かった。
「まだやってたのか」
サベリオが声をかけると、ダニエロは露骨に顔をしかめた。
「見回り班はもう終わりだろ」
「終わった。だから寄った」
「寄るなよ、会計には」
追い払うような口調だ。だが前の周回のサベリオなら、そこで引いていたかもしれない。今は違う。逃げた顔を、自分はもう知っている。
「赤字、どれくらい」
はっきり言うと、ダニエロの手が止まった。
「誰から聞いた」
「聞いたんじゃない。顔に出てる」
「便利だな、お前」
「便利じゃない。たぶん同じ顔してたことがあるだけ」
そのひと言で、空気が少し変わった。
ダニエロはしばらく黙っていたが、やがて帳簿を一冊、机の端へ押した。赤い数字がいくつも並んでいる。橋の補修費、照明機材の追加、屋台用の燃料、雨対策の布、どれも必要で削りにくい。
「最初の見積もりが甘かった」
ダニエロは低く言った。
「足りない分を、寄付で何とかなると思った。昔みたいにシェルターに恩がある人がすぐ出してくれるって、勝手に見込んだ」
「でも出なかった」
「パルテナの件で空気も悪くなったし、俺も後手に回った。帳簿を開くたび数字が増える。もういっそ見なかったことにしたくなる」
最後の言葉は、半分冗談のようで、半分ほんとうだった。
サベリオは黙って帳簿を見た。紙の上の赤い数字は、何かの傷口みたいに見える。隠せば消えるわけじゃないのに、見たくないほど痛い。
「怒らないのか」
ダニエロが聞いた。
「怒るより先に、わかる」
「何が」
「抱え込んで、黙って、言えるタイミングをなくす感じ」
ダニエロは顔を上げた。その目には驚きと疲れが混じっていた。
サベリオは机の端に手をつく。
「俺もそうだった。助ける側に回ってれば、自分が困ってるって言わなくて済むから」
「格好つけか」
「そうかもしれない。でも、そのせいで何回も失敗した」
何回も、という言葉にダニエロは引っかかったような顔をしたが、深くは聞かなかった。聞けないほど、今は自分の数字で手いっぱいなのだろう。
外で風が鳴る。古い窓枠が小さく震える。
「隠したままだと、もっと悪くなる」
サベリオは言った。
「少なくともホレとアルヴェには見せよう。必要なら俺も一緒に説明する」
ダニエロは即答しなかった。指先で帳簿の角をなぞり、やがて吐き出すように笑う。
「帳簿の泣き声まで聞こえる男に言われると、逃げにくいな」
「泣いてるのは帳簿じゃなくて、お前だろ」
「それは言うな」
だがその声は、ほんの少しだけ軽かった。
サベリオは机の上の領収書を種類ごとに分け始めた。頼まれていない。それでも今は、それでいい気がした。
数字の痛みも、紙の山も、人に渡せば少しずつ持てる重さになる。
灯りの下で並んだ二人の影は、前の周回より少しだけ、長く伸びていた。