テラーノベル
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午後の後半、通りの空気が少し落ち着いたところで、特設台の前へ年配の人たちが集まりはじめた。笑いの多い語り場とは違う、立ったまま背筋を伸ばして聞くような静けさがそこにはあった。
台の中央へ立ったのはジョンナだった。手には、復元した古新聞の写し、電子辞書から取り出した記録、旧放送小屋に残っていた設計図の抜粋。
「これから読み上げるのは、二十年前、中止になった嘘の実話祭りの日の記録です」
彼女は余計な抑揚をつけなかった。ただ、事実を傷つけない声で並べていく。
山道が土砂で塞がれたこと。
避難誘導が混乱したこと。
旧放送小屋から最後まで声を出し続けた人がいたこと。
その人が、祭りの導線と避難路を一体で考えた設計を書いていたこと。
そして、その人の名が真柄蒼司だったこと。
群衆の奥で、小さなざわめきが広がる。
忘れていた名を、口の中で確かめるようなざわめきだった。
ジョンナは続けた。
「当時、事故の責任は曖昧なまま処理されました。真柄蒼司は説明する前に町を去っています。ですが、残された記録を見る限り、彼は逃げたのではありません。最後まで人を逃がす側にいた」
白い紙が一枚、風に揺れる。
それを押さえたのは、前列にいた年配の男性だった。彼は昔、商店街で食堂をやっていたと噂に聞く。手が震えていた。
「……あいつ、そうだったのか」
誰に聞かせるでもない声が、前から後ろへ滲んでいく。
ハヤは花屋の受付横から、その様子を見ていた。夏に鍵を拾った時には知らなかった。電子辞書の持ち主が、ただ妙な単語を詰め込んだ変わり者ではなく、町を守ろうとした人だったこと。その人が、自分の母へ手紙を書いていたこと。
ジョンナは最後に、守り神の伝承へ触れた。
「守森の神は、超常の存在というより、名を記録し、居場所を伝え、忘れない知恵だったのだと思います。だから今日、ここで名前を読み上げます。真柄蒼司」
その瞬間、誰かが拍手をした。
一人、二人、三人。やがて特設台の前ぜんぶへ広がる。
恥を知る拍手だった。
遅れてしまったことを含んだ拍手だった。
ハヤの隣で、澄江が小さく目を閉じた。
「やっと帰ってこられたねえ」
そのつぶやきに、ハヤは何も返せなかった。ただ胸の奥で、固く結ばれていたものが少しほどけるのを感じた。
町が忘れていた名が、いま、通りの真ん中へ戻ってきた。
祭りは、笑いだけではなく、そのための場所でもあったのだ。