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真柄蒼司の名が読み上げられたあとの朝風通りには、しばらく不思議な沈黙が残った。泣きそうな人、うつむいたまま動かない人、何か言いたいのに言葉が見つからない人。
祭りは賑やかであるほどいい。
けれど、この静けさを雑に壊してはいけないことくらい、皆分かっていた。
その時だった。
特設台の横から、ドゥシャンが半歩前へ出た。本人も出るつもりだったのか怪しい顔をしている。背中が少し丸い。手の置き場も決まっていない。
「ええと、その」
最初の一言で、会場の視線が集まる。ハヤは心の中でひやりとした。彼はこういう時、たいてい予定外のことを言う。
けれど今日のドゥシャンは、珍しく逃げなかった。
「俺、すぐ信じるんです」
ぽつんと落ちた言葉に、数人が瞬きをした。
「怪しい話も信じるし、良さそうな噂もすぐ信じるし、人が『大丈夫』って言ったら、だいたい大丈夫だと思っちゃう。だから、何回も迷惑かけました」
会場の端でアンネロスが苦笑する。まったくその通りだと言いたげな顔だ。
「でも、信じてよかった人も、ここにたくさんいます」
ドゥシャンはそれだけ言うと、言葉を探すみたいに一度空を見た。
「今日、真柄さんの話を聞いて、俺、悔しかったです。ちゃんと信じられなかった人がいたんだなって。だから今は、間に合うものは間に合わせたい。目の前にいる人のことを、ちゃんと信じたい」
最後の一文は、ひどくまっすぐだった。
飾りも機転もない。なのに、会場の何かを深く揺らした。
最前列にいた年配の女性が、口元を押さえて泣いた。後ろの方で子どもが不思議そうに母親を見上げる。泣く場面じゃないのに泣いてしまう時の、あの戸惑った空気が通りいっぱいにひろがった。
ドゥシャンは自分が何を起こしたのか分かっていない顔で、慌てて一歩下がる。
「え、なんか、すみません」
そのひと言で、今度は笑いが起きた。
涙のあとに笑いが来る。笑いのあとにまた泣きそうになる。今日の祭りは、そういう揺れを何度もくり返している。
ハヤは受付台の向こうから、ドゥシャンの背中を見た。
失言もする。秘密もこぼす。なのに最後には、こうして人の心の奥へ届く。
欠点まで含めて、その人の役目になる日があるのだと初めて思った。
ノイシュタットが小さく拍手し、会場全体がそれに続いた。ドゥシャンは耳まで赤くして頭を下げる。
「おまえ、今日いちばんずるいぞ」
エルドウィンが笑うと、ドゥシャンは困った顔のまま鼻をすすった。
信じやすい人間が言う「信じてよかった」は、たぶん、誰より重い。