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その頃、オートパイロットの控室では、別の種類の静けさが広がっていた。
パルテナは鏡の前に座っていた。照明の熱で頬が少し上気しているのに、視線だけが妙に冷たい。机の上には新しい配役表が置かれ、彼女の名前は中央から端へ移されている。
「納得いかないなら、上へ言って」
若いスタッフが気まずそうに言った。
「今回は安定を優先するって」
安定。
その単語が一番腹立たしかった。
パルテナは笑おうとした。いつもならできる。相手が引くくらい綺麗に笑って、二言三言で場を切ることもできる。けれど今日の口元はうまく上がらない。
「分かった」
とだけ言って、彼女は席を立った。
廊下へ出た途端、足が速くなる。誰にも見られたくない歩き方で外へ出て、そのまま橋の方へ向かった。行き先を考えたわけじゃない。ただ、明るすぎる場所から離れたかった。
星降る橋のたもとまで来たところで、ようやく足が止まる。
夜風が強い。春の終わりの匂いがする。深い時計の文字盤は遠くからでも青い。
「……最悪」
吐き捨てた声が、自分でも驚くほど弱かった。
看板役を外されること自体が初めてではない。けれど今回は違った。負けた相手が数字ではなく、自分の中の空っぽさだったからだ。人を刺す言葉で立ってきたぶん、刺さない時の立ち方を知らない。そうしているうちに、誰かの代わりが利く役へ滑っていた。
その時、橋の下からモルリが上がってきた。両手にコンビニ袋を提げている。
「うわ」
モルリが目を丸くする。
「泣く五秒前の顔してる」
「最悪」
パルテナは二回目を言った。
モルリは少しだけ考え、それから何も聞かずにポケットを探った。出てきたのは、ぐしゃっとしたハンカチだった。
「使う?」
「しわしわじゃない」
「今そこ?」
パルテナは笑いそうになり、笑えなくて、結局そのハンカチを受け取った。鼻で笑うために上げた顔が、そのまま崩れる。涙は出すまいと思ったのに、頬の上を熱いものが流れた。
「っ……見ないで」
「無理。目の前」
「最悪」
モルリは黙って隣に立った。慰めの言葉はすぐには出さない。代わりにコンビニ袋から温い缶ココアを一本差し出す。
「敗北の味、甘いやつで中和しな」
パルテナは受け取って、泣き笑いみたいな息を漏らした。
「私ね」
少ししてから、彼女は言う。
「勝ちたいっていうより、勝ってる顔でいたかったのかも」
モルリは缶を鳴らす。
「それ、今日分かったなら、まだ全然終わってない」
パルテナはハンカチを握りしめたまま橋の下を見た。あそこには、自分より下だと思っていた人たちがいる。けれど今は、そこにあるものの方が眩しい。
「……一回だけ」
彼女が呟く。
「ん?」
「一回だけ、手を貸してって言ったら」
パルテナは前を向いたまま言う。
「笑う?」
モルリはすぐ答えた。
「ちょっとは笑う。でも貸す」