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秘密がばれたあとの稽古場ほど、居心地の悪い場所はない。
サベリオはそう思ったが、逃げ出す機会を失ったのは、モルリたちが逃がしてくれなかったからでもある。
「で、何年書いてたの」
「言わない」
「一番長い記事の題は?」
「言わない」
「自分で『記事』って言った」
ヌバーがすかさず拾い、ミゲロが珍しく肩を揺らした。
笑われている。いや、笑わせてしまっている。
サベリオは耳まで熱くしながらノートを抱え込んだ。
「そんなに変か」
ホレは少し考えてから答える。
「題名はだいぶ変」
「でも、中身は変じゃなかった」
意外にもそう言ったのはミゲロだった。
全員がそちらを見る。
ミゲロはさっき、モルリの手元から見えた一節を覚えていたらしい。
「声が届かない日は、椅子を拭く人がいればいい、とか書いてた」
サベリオは顔を上げる。
「読んだのか」
「一行だけ」
ミゲロは悪びれず答えた。
「一行で十分だった」
それで空気が少し変わった。
からかいは残っている。それでも、ノートはただの笑い話ではなくなった。
モルリが頬杖をつきながら言う。
「誰かの夢に手を貸すの、好きなんだね」
サベリオは言い返しかけて、やめた。
好きなのだ。認めたくはないが。
自分が前に立てないぶん、立つ誰かへ少しでも風を送る。それならできる気がして、ずっとそうしてきた。
「俺は、その方が向いてる」
ようやく絞り出すと、ヌバーが珍しく茶化さなかった。
「でも、送ってる風、本人に届いてたらすごいよね」
その一言に、サベリオは返事を失う。
デシアはいつの間にか近くまで来ていた。
彼女は「貸して」とも「見せて」とも言わなかった。ただ、机の上に置かれたノートへ静かに手を伸ばす。
サベリオは反射で止めそうになったが、その指先があまりに丁寧だったので、動けなかった。
デシアは数ページだけめくる。
読みながら、表情はほとんど変わらない。なのに、呼吸だけが少しずつ浅くなっていくのが分かった。
やがて彼女は本を閉じた。
「……借りてもいい?」
サベリオは目を瞬く。
「は?」
「返すから」
断る理由はいくらでもあった。恥ずかしい。見られたくない。できれば燃やしたい。
けれど、彼女の声は驚くほどまっすぐだった。
「ちゃんと読む」
その言葉に負けて、サベリオはうなずいてしまう。
デシアはノートを胸へ抱えた。
持ち帰る姿は、昔の台本を運ぶ時と少しだけ似ていた。
大事そうで、重そうで、でも離したくない持ち方だった。