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「あの後、会社を辞めて、ウィークリーマンションで暮らしながらプレゼンの準備をしたんだ。給料と退職金の振込先は出張用に持ってた口座にしたから、満月の金はあんまり使わずに済んだ」
「そう」
朝食のルームサービスを挟んで、私と満夜は向かい合っていた。
朝早く、彼が目覚める前に帰るつもりだった。
が、私を抱き締めて離さない彼の腕から逃れられず、断念した。
「金、帰すから」
「いいのよ。あれは、あなたを買った――」
「――買われたつもり、ないから」
彼は一瞬だけ鋭い眼光を私に向け、サンドイッチを口に運んだ。
「次はいつ会える?」
「え?」
「これきりにしたくない」
一度で飽きられる、とまでは思っていなかったが、次を求められるとも思っていなかった。
返事に困り、私はフォークでレタスを突いた。それを口に運び、咀嚼しながら彼を見る。
彼もまた、サンドイッチを噛みながら私を見ていた。
「奥さんとはどうなった?」と、苦し紛れに話題を変えた。
気になっていたのは、間違いないが。
満夜は一瞬だけ口の動きを止めたが、すぐに再開した。代わりに、私から視線を逸らす。
「なにも。着拒とブロックで連絡手段なし。会社も辞めてた。ま、俺から持ってった金があれば、当面は生活できるだろうし? 面倒を見てくれる男がいるのかもしれない」
「……ご両親は?」
「里奈の? ……さぁ? 娘がしたことを知ったからなのか、連絡が取れない」と言って、満夜はポテトを二本、同時に口に入れた。
同じ男でも、あの男は朝からこんなにたくさん、しかも揚げ物までなんて食べなかった。その違いは、やはり若さだろう。
私はミニトマトをフォークで刺し、口に入れた。
「離婚届を勝手に書いて提出することは、私文書偽造と私文書……私偽造文書なんとかってのと、公正証書不実なんとかって罪になるらしい。けど、俺が書いたものじゃないとか、俺は離婚する気はなかったとか、そういうのを証明するのは相当面倒なことだって、ネットで見た」
「そう……でしょうね」
離婚を無効にするには、家庭裁判所に協議離婚無効確認調停を申し立てる必要がある。だが、これはあくまでも話し合いで、相手が応じなかったり、離婚届の偽造を認めなければ、裁判となる。
「俺はさ、離婚を無効にしたいとは思ってない」
「……そうなの?」
「ああ。里奈には未練なんて微塵もない。ってか! そうでなきゃあんたを抱いたりしない」
彼はアイスコーヒーを口に含み、ポテトたちを喉の奥に流し込んだ。
「ただ、あいつがなんでこんな大それたことを仕出かしたのかは、知りたい。男であれ金であれ」
「そう……」
彼の気持ちは、当然だ。
「やっぱ、調査会社に頼むとかした方がいいのかな」
「そうね」
彼には、知る権利がある。
「ああいうのって、高いんだろうな」
「多分……」
彼にも、知る権利がある。
「そんなのに金かけることないかな」
「そんなこと、ないと思うわ」
私は立ち上がり、ベッドサイドに置かれたメモパッドを持って戻った。艶のあるペンを走らせ、破って彼に渡す。
「越野調査事務所、|越野哲太《こしのてつた》?」
「さほど高額でないのに丁寧な仕事をしてくれるわ。調査結果次第では、弁護士や警察関係者の紹介もしてくれる」
「知り合い?」
「ええ」
「頼んだこと、あるんだ?」
「……ええ」
メモをテーブルに置き、じっと見つめる。
満夜はそれ以上、聞かなかった。
黙々とサンドイッチとポテトを食べて、アイスコーヒーを飲み干す。
私も同じ。
食べ終わったら、着替えて、さよなら。
彼からお金を返してもらうつもりはないし、二度と会うつもりもない。
「なぁ」
「なに?」と、私はわざと素っ気なく返した。
が、彼の口から飛び出した言葉に、目を剥いてしまった。
「シよ」
「はぁ?」
「もっかい、シよ」
言うや否や、彼は私の肘を掴んで立ち上がらせると、少し乱暴にベッドに放った。
「これきりにはさせない」
バスローブの紐を勢いよく引っ張られ、合わせ目が乱れる。そこから彼の手が私の素肌に触れる。
「みちっ――」
彼の名は彼の口の中に吸い込まれ、彼の舌が私の口内に侵入する。
両手で両胸をすくうように揉まれ、余韻で尖る先端を摘ままれた。
「んんっ――!」
淡泊だ、なんてどの口が言ったのか。
私も経験が豊富ではないけれど、それでも、彼が情熱的で、それなりに旺盛なのはわかる。
昨夜も、最初は少し性急に求めてきたが、その後は散々焦らされ、啼かされた。
「俺、自分が年上好きとか、知らなかった」
キスの合間に、満夜が言った。
「気……の迷いよ」
彼の手が胸からお腹に下りていく。
その先の、数秒後に彼が触れるであろう場所が、期待で疼く。けれど、それを悟られることに抵抗がある私は、両太腿をピタリと合わせる。
まつ毛が触れるほどの近さで見つめ合う。そうして言う間も、彼の手は太腿と太腿の隙間を指でなぞり、くすぐる。
「何回シたら、自分で足を開くかな」
「……何度もなんて――」
「――スルよ。俺は、五百万であんたに買われたんだから」
「さっき、買われたつもりないって言わなかった?」
「そうだっけ?」
満夜が、ハハハッと笑う。
そうしているうちにも、彼の手が閉じていた私の太腿を割開き、茂みの下の膨らみに触れる。
「――っ!」
「俺さ――」と区切って、満夜は私の胸の先端に口づけた。
「――あの夜に満月を抱いてたら、こんな風に執着しなかったと思う」
「ぁ……?」
口で胸を、指で蜜口を愛撫され、彼の言葉に集中できない。
「朝起きて、頭はスッキリしてるのに、隣にあんたがいないこと、すげー寂しかった」
彼の指が、私の|膣内《なか》に侵入を開始する。多分、二本。
昨夜の余韻が残っているせいで、痛みはない。
「あんたが、札束ちらつかせて自分を抱けって言うような女なら――」
「――んんっ! はっ、あ――」
「――セックスの後で札束見せつけて、これからも関係を続けろとか言うような女なら、ふざけんなって札束突っ返して、それで終わってたと思う。けど――」
バラバラの動きで暴れ、私のイイトコロを刺激する彼の指に翻弄され、思わず腰が浮く。
ぐちゃぐちゃと音をたて、気持ち良くて堪らないとアピールする自分の身体が恨めしい。
「――あんたは黙って話を聞いてくれて、セックスも強要しなかった。それなのに、目が覚めたらいないし、金は置いてくし。そんな女、忘れられるわけないだろ」
乳首に彼の息がかかる。くすぐったくて、気持ちいい。
「メモ、入れといて良かった」
「は、あ、ん――っ! やっ、だめ!」
指の動きが加速する。強い刺激に、私は顔の横でシーツを掴む。
「なぁ、また、会えるだろ?」
「そんな――っ、の――」
「満月……」
甘くか細く、彼自身が名付けた私を呼ぶ。
彼は私が何者か、知らない。
だから、弱ってる時に優しくされ、その時の安心感から執着しているに過ぎない。
誰だって、誰にも言えない、誰かに聞いて欲しいことはある。
それを言える相手だから、求めるに過ぎない。
わかってるのに――!