その日以降瑠璃子は忙しい毎日を送っていた。
職場では通常の業務に加え引き継ぎ業務が続き、同じ科の同僚や同期が開いてくれた送別会にも出席する。
それ以外にも役所での手続きや荷造り作業に追われていた。
送別会ではなぜ急に北海道へ行くのかと同僚達から詮索されたが瑠璃子はあえてやんわりと濁す。
そんな瑠璃子を見て同僚達は瑠璃子の恋人が北海道にいるから移住するのだと勝手に結論付けていた。
そしてその噂は後日病院内にも広がる。しかし瑠璃子はあえて否定はしなかった。その方が好都合だったからだ。失恋からの逃避行と思われるよりはよっぽどましだった。
移住の準備は着々と進んでいた。
引越し業者への手配、航空券の購入、移住先での住まいについては今現地の不動産屋とやり取りをしている。
詳しい間取り図や写真をメールで送ってもらい向こうへ着いたらすぐに内見出来るようお願いしてある。
向こうでの住まいが決まるまでは荷物は引き取れないので、東京を出た後数日間は引越し業者に荷物を預かってもらうよう手配した。
そんな忙しい日々の中、この日瑠璃子は昼休みに裏庭のベンチにいた。
不動産屋から物件の詳細が送られてきたので弁当を食べながらそれに目を通していた。
物件の概要をチェックしながら瑠璃子はその家賃の安さに驚いていた。
おそらく今住んでいる東京の家賃の半額ほどで小綺麗なマンションに住めそうだ。勤務先からは住宅補助も出るのでさらに家賃は安くなる。
この先一人で生きて行く事を考えている瑠璃子にとって生活費を最小限に押さえられるのはとても有難い。
瑠璃子が真剣に携帯を覗き込んでいると誰かが近づいて来た。
その気配に顔を上げるとそこには白衣を着た中沢が立っていた。
瑠璃子はびっくりして声を出せずにいた。
「座ってもいい?」
瑠璃子が無言で頷くと中沢は隣に腰を下ろす。そして瑠璃子に言った。
「君を傷つける結果になってしまいごめん、本当に申し訳ない」
「…………」
中沢の突然の謝罪に瑠璃子は驚く。しかしそれを聞いてもまだ何も言い返せずにいた。
「北海道に行くんだって?」
中沢の問いに瑠璃子は漸く口を開いた。
「はい、9月に」
「向こうに誰かいい人がいるの? もっぱら噂になっているけれど」
中沢は同僚達の噂話を真に受けているようだ。
そこで瑠璃子はあえて嘘をつく事にした。
「ええ、初恋の人」
瑠璃子の答えを聞いた中沢は途端に神妙な顔つきになる。
「そっか」
「うん……だからあなたも幸せになってね」
そう言って瑠璃子は立ち上がるとその場を後にした。
今瑠璃子は中沢に対し精一杯の演技をした。ちょっとでも気を緩めれば涙が溢れてくる。
瑠璃子は歯を食いしばりながら一心に前を見つめて歩き続けた。
そんな瑠璃子の背中を中沢は思いつめたような表情でいつまでも見つめていた。
数日後、瑠璃子は大学病院を退職した。
退職後、瑠璃子は引越しの準備に専念する。
部屋にある家具や家電は全て処分する事にした。中沢との思い出がたくさん詰まった物は全て捨てていく。
どれも10年選手だったので買い替えるにはちょうどいいい時期だ。
とにかく荷物は少しでも少ない方が引越し料金が安くなるし、新生活では全て新しく揃えて気持ち良くスタートしたいと思っていた。
もうすぐ始まる新しい生活に瑠璃子は少しだけ心を弾ませていた。
そして引越したら車を買おうと思っていた。北海道では車がないと生活出来ない。
瑠璃子は免許は持っていたがペーパードライバーなので今後の為にも運転出来るようになりたいと思っていた。
もし将来訪問看護等の仕事に就く事があれば車は必須だ。だから移住して仕事が始まるまでの間になんとか運転には慣れておきたかった。
その為にも中古でいいから小さい車をすぐに買う必要がある。
もう一つ重要な問題がある。それは北海道へ移住する事をまだ母親に話していない事だ。
今母に会えば移住の理由を聞かれるだろう。その理由を話したら泣いてしまうかもしれない。
余計な心配をかけたくなかった瑠璃子は悩んだ末事後報告にする事にした。引越し後に絵葉書でも送ればいいだろう。
次々に出てくる問題にきちんと向き合いながら瑠璃子は全ての準備を滞りなく終えた。
そして引越し当日がやってきた。
朝から引越し業者が出入りしてあっという間に荷物は運び出された。
その後マンション退去の手続きを終えると瑠璃子はキャリーバッグを持って羽田空港へ向かった。
空港へ到着するとすぐに搭乗手続きを終える。
その時お腹がグーと鳴った。瑠璃子は朝から何も食べていない事に気付く。
空港には瑠璃子が好きなカフェ『moon bucks coffee』があったのでそこへ入りサンドイッチとコーヒーを買った。
このカフェチェーンの『moon bucks coffee』は残念ながら岩見沢市内に店舗がない。
この店のコーヒーが飲みたくなったら札幌まで出なくてはならない。
(飲み納めね……)
瑠璃子はそう思いながら感慨深げにコーヒーを味わった。
瑠璃子がいる席の一列後ろに岸本大輔(きしもとだいすけ)は座っていた。
大輔は岩見沢医科大学病院で外科医をしている。
学会へ出席する為に大輔は昨日から東京へ来ていた。そしてこれから岩見沢へ帰るところだ。
出発時刻が近づいたので大輔は席を立ちカップを返却口まで持って行く。
その時同じく返却口へ向かっていた瑠璃子と身体がぶつかってしまう。
「失礼!」
大輔が謝るのと同時に瑠璃子も言った。
「ごめんなさい」
瑠璃子は軽く会釈をしてその場を立ち去った。
大輔が搭乗口へ向かうと瑠璃子が前にいた。同じ飛行機に乗るようだ。
大輔は機内へ入るとチケットの番号を見ながら後方座席へ向かった。すると通路を挟んだ一番左の窓際の席に瑠璃子が座っていた。機内は空いていたので二人の間に人はいない。
大輔は座席に腰を下ろすとすぐにノートパソコンを出して学会に関する報告書を作り始める。
そして間もなく飛行機は新千歳空港へ向けての離陸準備に入った。
コメント
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そそそそっ💨 全て処分して新しい生活へレッツラゴー⤴️⤴️⤴️🍀 元カレめ‼️‼️‼️もう遅いんやし💧💧💧 空港✈️での出逢い✨これからの新生活が楽しみ🤭🩷🩷🩷
空港で出逢った岸本先生.... これからどう関わってくるのか⁉️ 今後の展開にワクワクしております🍀✨ 瑠璃子さん、新天地でのご活躍 心から応援しております~✊‼️✈️
岸本先生との出会いですね。ワクワク☺️