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「その人間は、十五年前に死んでる」
佐伯課長の言葉を聞いても、私はすぐには理解できなかった。
「死んでるって……誰がですか」
佐伯は答えようとした。
そのとき、私のスマートフォンが震えた。
榊原美佐子。
画面に表示された名前を見て、嫌な予感がした。
「もしもし」
『澪ちゃん』
声が震えている。
「どうしました」
『来た』
たった二文字だった。
「何が?」
数秒の沈黙。
そして榊原が言った。
『死亡通知』
私は立ち上がった。
「どこにですか」
『うち』
「今?」
『郵便受けに入ってた』
真壁刑事が私の顔を見る。
私はスピーカーに切り替えた。
「榊原さん、触らないでください」
『もう触っちゃった』
真壁が小さく息を吐く。
「封筒はありますか」
『ある』
「差出人は?」
電話の向こうで紙を動かす音がした。
そして。
『……澪ちゃん』
「はい」
『あなたよ』
「え?」
『差出人』
胸が凍った。
『水城澪って書いてある』
*
私たちはすぐに榊原の家へ向かった。
真壁の車。
助手席に私。
後部座席には佐伯が座っている。
車内では、誰もほとんど話さなかった。
私は膝の上で拳を握っていた。
高瀬の死亡情報を登録したのも私。
榊原の死亡情報を登録したのも私。
そして今度は、死亡通知の差出人まで私。
誰かが、
水城澪が人を殺している
という形を作ろうとしている。
「課長」
私は振り返らず言った。
「さっきの話」
佐伯が顔を上げる。
「十五年前に死んでる人って、誰ですか」
「まず榊原さんを確認してからだ」
「また隠すんですか」
「隠してるんじゃない」
「じゃあ言ってください」
佐伯は黙った。
真壁が運転しながら口を挟む。
「水城さん。今は通知を優先しましょう」
納得はできない。
でも、その通りだった。
*
榊原は玄関で待っていた。
顔色が悪い。
テーブルの上に、白い封筒が置かれている。
透明なビニール袋で覆ってあった。
「触らない方がいいと思って」
遅いけれど、それでもありがたかった。
真壁が手袋をつける。
封筒を確認した。
表。
榊原美佐子様
裏。
水城澪
私の名前。
そしてその下に、住所まで書いてある。
母の家ではない。
現在の私の住所だった。
「これ、私の住所です」
「間違いなく?」
「はい」
榊原が私を見る。
「澪ちゃんじゃないのよね」
思わず睨み返した。
「私が送ると思います?」
「ごめんなさい」
榊原が目を伏せる。
真壁は消印を確認した。
「昨日の午後」
「郵便で届いたんですか」
「そう見えます」
「じゃあ郵便局のカメラを調べれば」
「差し出した場所までは追える可能性があります」
初めて、犯人に近づけるかもしれない。
真壁が慎重に封を開けた。
中から死亡通知を出す。
私が母の家で見つけた二枚目と、
ほとんど同じだった。
氏名。
榊原美佐子。
死亡年月日。
九月七日。
死亡時刻。
午前二時十三分。
死因。
溺死。
榊原が唇を噛む。
「やっぱり同じ……」
「何がです」
真壁が訊いた。
「澪ちゃんが持ってたやつと」
私はバッグから二枚目を出した。
二枚を並べる。
同じ。
いや。
違う。
「待ってください」
私は指差した。
母の家から出た通知には、
死亡対象者 水城雅彦
と書かれている。
でも、榊原に届いたものには、その項目がない。
代わりに。
下の方に四角い枠がある。
選択者記入欄
その横に説明。
七名の中から一名を選択してください。
全員が黙った。
「これ……」
榊原が椅子から離れた。
「十五年前と同じ」
「十五年前にも、この欄が?」
真壁が訊く。
榊原は頷いた。
「名前を書かされた」
「誰の名前を?」
答えない。
私は死亡通知を見る。
七人から一人を選ぶ。
母宛ての十五年前の死亡通知にも書かれていた。
七人の中から一人選べ。
選ばなければ、あなたの娘が死ぬ。
「榊原さん」
私は言った。
「十五年前、誰を選んだんですか」
榊原の手が震えた。
「言えない」
「その結果、一人死んだんでしょう?」
「……」
「相原奈緒さんですか」
榊原が目を閉じる。
「私は奈緒さんを選んでない」
「じゃあ誰を」
「それだけは」
真壁が低い声で言った。
「今、黙っている場合ではありません」
榊原が真壁を見る。
「十五年前と同じことが始まっている。今度は高瀬さんがすでに死んでいるんです」
「だから言えないの」
「なぜ?」
榊原が震える声で答えた。
「名前を言ったら、その人に通知が届くから」
部屋が静まり返った。
「そんな――」
私は言いかけて止まった。
死亡通知。
選ばれた人間。
そして次の通知。
もしかすると、
七枚には最初から順番などなかったのか。
一人が次の一人を選ぶ。
選ばれた者へ通知が届く。
死亡通知は、
人から人へ渡される指名状。
「榊原さん」
私はもう一度訊いた。
「十五年前、あなたは誰を選んだんですか」
榊原は首を振った。
「言わない」
「今回は?」
「誰も選ばない」
「でも選ばなかったら――」
そこまで言って、私は止まった。
十五年前の母への文面。
選ばなければ、あなたの娘が死ぬ。
榊原にも同じ罰がある?
真壁が通知を裏返した。
「裏に何かあります」
手書きだった。
赤い文字。
九月三日午前零時までに一名を選択せよ。
その下。
選ばなかった場合、あなたが最も守りたい人間を死亡対象者とする。
榊原の顔色が変わった。
私はそれを見逃さなかった。
「榊原さん」
「……」
「あなたが一番守りたい人って、誰ですか」
榊原は答えない。
でも、涙が溢れた。
そのとき。
家の奥から音がした。
カタン。
全員が振り返る。
廊下の向こう。
閉まっていた扉が開いた。
二十代くらいの女性が立っている。
「お母さん?」
榊原が立ち上がった。
「出てこないで!」
女性が驚いて止まる。
私は榊原を見る。
「娘さん……?」
榊原は顔を覆った。
「お願い」
泣きながら言った。
「この子だけは巻き込まないで」
テーブルの上で、
死亡通知がわずかに動いた。
誰も触れていない。
選択者記入欄。
真っ白だったそこに、
赤い文字がゆっくり浮かび始めた。
未選択を確認。
続いて、
代替対象者を決定します。
榊原が叫んだ。
「やめて!」
赤い文字が増える。
私は紙をつかんだ。
「まだ期限前です!」
当然、紙が答えるはずはない。
それでも文字は止まらなかった。
代替対象者――
名前が浮かぶ。
榊原の娘ではなかった。
そこに記された名前を見て、
今度は佐伯課長が椅子から立ち上がった。
「そんな……」
私は読み上げた。
佐伯孝之。
佐伯本人だった。
「課長?」
佐伯は死亡通知を見つめたまま、
かすれた声で言った。
「やっと分かった」
「何がですか」
「十五年前、千佳さんが誰を選んだのか」
私たちは佐伯を見る。
「誰なんです」
佐伯の顔から血の気が消えていた。
「俺だ」
誰も言葉を発しなかった。
「十五年前――」
佐伯は震える手で死亡通知を指した。
「千佳さんは、俺を殺すことを選んだ」
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#主人公最強
杯雪乃
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コメント
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「人から人へ渡される指名状」って言葉、ゾッとしました。榊原さんが守りたい人を聞かれたときの涙も、娘さんが出てきた瞬間の緊張も、全部が重なって一気に引き込まれました。そしてまさかの佐伯課長――十五年前に千佳さんが選んだのが彼だったとは。これで物語の奥行きが一気に変わりましたね。続きが気になって仕方ないです。