テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
放課後。
教室には西日が差し込み、窓際だけが明るくなっていた。
相談者は手の中で消しゴムを何度も裏返している。
「俺、人を信じたいんです」
遥はプリントをまとめる手を止めた。
「でも」
相談者は苦く笑う。
「信じれば信じるほど、不安になる」
教室が静まる。
「どういうこと」
「仲良くなるまでは平気なんです」
少し間を置く。
「でも、仲良くなった途端に怖くなる。返信遅いだけで気になるし、前と話し方が違う気がするし、何か怒らせたかなって考える」
視線が落ちる。
「その人のことを信じたいのに、勝手に疑って、勝手に苦しくなる」
沈黙。
「相手に聞けばいいのに」
相談者は小さく笑う。
「聞けないです。面倒くさいって思われそうで重いって思われそうで」
一拍。
「だから一人で考える」
教室が静まる。
遥は相談者を見た。
「信じたいのは」
少し間。
「相手か」
相談者は首を傾げる。
「え」
「それとも」
遥は続ける。
「嫌われない未来か」
教室が静まる。
相談者の手が止まった。
「……違いが分からないです」
遥は机に指を置く。
「相手を信じるって」
ゆっくりと言う。
「裏切らないって決めつけることじゃない。ずっと変わらないと思い込むことでもない」
一拍。
「相手にも相手の事情があるって思えることでもある」
相談者は黙って聞いている。
「でも俺」
少し視線を落とす。
「返信が遅いだけで、もう駄目です。嫌われたのかも、飽きられたのかも、もう終わりかも」
苦笑する。
「頭の中で勝手に話が進む」
教室が静まる。
遥は静かに言う。
「不安って」
少し間。
「答えがない時間が苦手なんだ」
相談者は顔を上げる。
「答えがない時間」
「返信が来るまで、会うまで、本当の理由が分かるまで」
一拍。
「その空白を全部悪い方で埋めてしまう」
相談者は息をのんだ。
「……やってます」
小さく笑う。
「毎回です」
#暗い過去
272
44
遥は続ける。
「実際に起きたことより」
少し間。
「想像したことで苦しくなってる時間の方が長くないか」
教室が静まる。
相談者は何も言えなかった。
その通りだった。
「俺」
しばらくして口を開く。
「信じたいって言ってましたけど、本当は」
一拍。
「傷つくのが怖いだけなのかもしれません」
遥は頷く。
「それは別に変じゃない」
教室が静かになる。
「大事な相手ほど失いたくない。だから不安になる」
少し間を置く。
「その気持ち自体は自然だ」
相談者は窓の外を見た。
夕日が少しずつ色を失っていく。
「じゃあ、この不安はなくならないんですか」
遥は少し考える。
「全部はなくならない」
短く。
「でも、不安があるたびにそれを事実だと思わないことはできる」
教室が静まる。
相談者はゆっくり頷いた。
「俺」
少し笑う。
「相手を見てるつもりで自分の想像ばかり見てたのかもしれない」
遥は鞄を肩にかける。
「想像は」
少し間。
「証拠にはならない」
教室には夕暮れだけが残っていた。
人を信じたいのに、信じるほど不安になる。
それは、信じる力が足りないからではない。
失いたくないと思える相手ができたからこそ、心が敏感になっているだけなのかもしれない。
だから、不安を消そうとするより、「これは事実なのか、それとも想像なのか」そう問い直すことが、心を少しだけ楽にしてくれることもある。
コメント
1件
ああ、このエピソードは本当に胸に迫るものがあったな……。信じたいのに信じるほど不安になる、そのジレンマの描き方がとても巧みで、自分にも覚えがあるだけにグッと引き込まれた。「嫌われない未来」と「相手」どちらを信じたいのか、という遥の問いかけが凄く響いた。要は想像で空白を埋めて勝手に傷ついてるってことか……説教臭くなく、そっと問いかけるような台詞運びが素敵だった。ss