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日下部の相談室2

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日下部の相談室2

27 - 第27話 優しくされると、涙が出そうになる

♥

27

2025年10月26日

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放課後の相談室は、蛍光灯が半分だけ点いていた。

夕方の光が机の角を淡く照らしている。


ゆっくりと扉が開いた。

日下部はペンを置き、顔だけ上げた。


「来たな。そこ、空いてる」


相談者は黙って椅子に座り、鞄を足元に置いた。

言葉が見つからないようで、何度も手元を握ったり開いたりしている。


日下部は急かさない。

沈黙がしばらく流れた。


「……優しくされるとさ」


ぽつ、と声が落ちた。


「泣きそうになるんすよ」


視線は机の木目に固定されたまま。


「優しくしてくれたのに……受け取れねぇというか。

“ありがとう”って笑えなくて……。

本当は嬉しいのに、気持ちが固まって……。

そんな自分が、クソ嫌いで」


言葉の端々が震えている。


「俺なんか、優しくされる価値ないのにって……思っちゃうんすよ」


日下部は少しだけ目を細めた。

それは怒りでも苛立ちでもない。

ただ、その痛みが分かるという表情だった。


「優しさに応えなきゃって、思ってんだな」


「……うん」


「応えられないと、自分を責めるんだろ」


相談者が小さく頷く。


「でもな」


日下部の声は低く、柔らかい。


「優しさは、“返してもらうために”与えるもんじゃねえ」


相談者が驚いたように顔を上げた。


「応えられなくていい。

ありがとうって言えなくてもいい。

泣きそうでも、泣けなくてもいい」


日下部はペンを指で転がしながら、続けた。


「しんどい時、優しさを受け取るのって……めちゃくちゃ勇気いるからな。

むしろ、受け取れた分だけで、十分だ」


相談者の目がわずかに潤む。


「……俺、なんかさ。

優しくされたら、もうダメになりそうで」


「分かるよ」


即答だった。


「張りつめてる時ほど、ちょっとの温度で崩れそうになる。

その涙が出そうになる瞬間は……ちゃんと頑張ってきた証拠だ」


日下部はほんの少し肩をすくめる。


「涙はさ、弱さから出るんじゃねーよ。

“ここまで耐えてきた”って心が叫んでるだけだ」


相談者は唇を噛み、視線を落とした。

一滴、ぽつりと机に落ちる。


日下部は慌てない。

ティッシュも差し出さない。

泣くことを止めるような真似もしなかった。


涙を隠さなくていい空気だけが、そこにあった。


「優しさに応えなくていい。

ただ受け取って、生きろ。

それだけで十分だ。……少なくとも俺はそう思う」


声は少し照れくさそう。


相談者がかすかに笑った。

涙で歪んだその顔は、強がりを脱いだように見えた。


日下部は窓の外を一度見て、小さく言った。


「俺はここにいる。

お前がまた誰かの優しさを受け取れるまで……何度でもな」


沈黙が、そっと二人を包む。


その静けさの中で、相談者は小さく息をついた。

固く結んでいた心の扉が、少しだけ開いた気がした。


優しさはまだ、痛い。

けどきっと、痛いままでもいい。


ここに来れたことだけで――今日はもう、十分だ。

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