翌日大輔は休日だったので、瑠璃子は病院へバスで行く予定にしていた。
弁当は自分の分だけを用意し、いつもよりも少し早く家を出た。
マンションを出てバス停へ向かって歩き始めると、通りに大輔の車が停まっていたので瑠璃子は驚く。
そしてすぐに車へ駆け寄ると運転席にいる大輔に言った。
「先生、今日はお休みなのにどうして?」
「今から札幌に行くんだけどついでに君を拾っていけばいいかなと思って。まだ病み上がりだろう?」
「先生、私は大丈夫ですから先に行って下さい」
「いや、送って行くよ」
大輔が引き下がる様子がないので瑠璃子は恐縮しながら助手席に座った。
アクセルを踏むと大輔が言った。
「クリスマスまであと一週間だけど予定通りで大丈夫? 他に予定とか入ってない?」
「もちろん大丈夫です」
瑠璃子はニコニコして答える。
以前とイメージがすっかり変わった瑠璃子が笑うとまるであどけない少女のようだ。思わず大輔も笑顔になる。
「それじゃあ札幌でのホワイトクリスマスの予定でも立てますか」
「わーい、やったー!」
瑠璃子が無邪気にはしゃいだ。
24日の詳しい時間については大輔が連絡をくれると言った。そして瑠璃子は病院の前で車を降りた。
その後大輔は久しぶりに札幌へ向かった。
今日の目的は世話になった恩師に贈り物をする為にデパートに行く事だったが、その他にも買い物をしたり大きな書店にも寄りたいと思っている。
そして瑠璃子と一緒に過ごすクリスマスイブの下見もしておきたいと思っていた。
(クリスマスを女性と過ごすのはいつ以来だ?)
大輔は思い返してみたがおそらく5~6年前に遡る。思えばここ最近のクリスマスは医局で夜勤ばかりだ。
女性と過ごすクリスマスがあまりにも久しぶりなので少し浮足立っているような気がして大輔は自分でも笑ってしまう。
札幌へ到着すると大輔は車を停めてからデパートへ向かった。
そこで恩師への贈り物を済ませる。その後隣にある大型書店へ行こうとデパートを出た。
大輔がデパートに沿って歩いていると華やかなショーウインドーが目に入った。その店は女性に大人気のハイブランドのジュエリーショップだった。
店のシンボルカラーのターコイズブルーと雪をイメージしたホワイトの二色でウィンドウ内が飾られている。
そのセンスある上品なディスプレイは道行く人々の視線を集めていた。
大輔はショーウインドーの前で立ち止まり中を覗いた。そこであるジュエリーに目が釘付けになる。
大輔が目を留めたのはプラチナの華奢なチェーンに一粒の宝石がついているネックレスだ。
宝石はまるでラベンダーの花の色のような美しい薄紫色をしていた。
大輔はしばらくそのネックレスを見つめた後店の中へ入って行った。
店内へ入ると年配の女性スタッフに声をかけられる。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
「表のショーウインドーにある薄紫色の宝石のネックレスを見せていただけませんか?」
「かしこましました。どうぞこちらへ」
スタッフは大輔をショーケースの前に案内する。
そして目の前にベルベットのトレーを置くと先ほど大輔が見たネックレスと同じ品をその上に出してくれた。
「こちらはアメシストという宝石でございます。2月の誕生石なんですよ」
「2月のですか?」
大輔はすぐに反応しもう一度ネックレスを見る。そして軽くうん頷くとスタッフに言った。
「すみません、じゃあこれをいただきます。クリスマスのプレゼント用でお願いします」
「かしこまりました。只今お包みいたしますので少々お待ち下さいませ」
その後大輔は会計を済ませると、綺麗にラッピングされたネックレスを受け取ってから店を後にした。
通りを歩く大輔は満足気な表情をしていた。
翌日今度は瑠璃子が休日だった。瑠璃子は今札幌に向かう電車に乗っている。
瑠璃子は札幌で大輔へのクリスマスプレゼントを買おうと思っていた。
日頃世話になりっぱなしの大輔に対しお礼の意味を込めてクリスマスに何かプレゼントを贈ろうと思っていた。
瑠璃子は悩みに悩んだんだ末、大輔にブックカバーを贈ろうと思っていた。
ネットで調べると札幌にある大型書店にブックカバー専門店があると知りそこで買おうと思っていた。
車窓に流れる雪景色を見ていると、今自分が北海道にいる事を痛感する。
北国での初めての冬は、瑠璃子にとってとても神秘的でロマンティックに感じられた。
厳しい冬があるからこそ、人々は春の訪れを心待ちにし短い夏を思い切り楽しみ色鮮やかな秋を心待ちにする。
だから人々は情緒豊かで心優しいのかもしれない…..・瑠璃子はそんな風に思っていた。
札幌へ到着すると久しぶりの人混みになぜか懐かしさを覚える。瑠璃子は早速ネットで調べた大型書店へ向かった。
書店に入るとネットの情報通り豊富な種類のブックカバーが並んでいた。
売り場の一角ではクリスマスフェアのイベントとして名入れのサービスをしているようだ。革製のブックカバーを購入すれば無料で名前を入れてくれるらしい。
瑠璃子は深いブラウン色の大・小2つのサイズの革製のブックカバーを選ぶと名入れのサービスをお願いした。
仕上がるまでに30分ほど時間がかかると言われたので、瑠璃子は書店の隣にある『moon bucks coffee』で少し早めの昼食を取る事にした。このカフェには北海道へ来る前に羽田空港で入ったきりだ。そう、あの日大輔とぶつかったカフェだ。
瑠璃子は東京の香りがする懐かしいカフェでコーヒーとサンドイッチの昼食を取りながら久しぶりにゆっくりとカフェで寛いだ。くつろぎながら色々な思いが頭を過る。
あの日偶然大輔とぶつかり飛行機内で一緒に人命救助をした。そして同じ病院で働くようになり今度はクリスマスを一緒に過ごそうとしている。
そして大輔は作家の『promessa』でもあった。そう思うとなんとも言えない気持ちになる。
コーヒーを飲み終えた瑠璃子は再び書店へ戻り綺麗にラッピングされたブックカバーを受け取った。
そして久しぶりにデパートの婦人服売り場を見て回った後、午後三時過ぎに岩見沢へ向かう電車に乗った。
その頃大輔は50代の男性の大動脈瘤の手術を終えてから医局へ戻る前に売店へ向かっていた。
売店の正子と世間話をしてから弁当を一つ買う。今日は昼食が遅くなってしまった。
売店を出た大輔がエレベーターへ向かっていると突然呼び止められる。
「岸本先生、ちょっとよろしいでしょうか?」
声の方を見ると早見陽子がこちらへ向かって歩いて来た。
「何でしょうか?」
「お話ししたい事があるので少しお時間いただけますか?」
「いいですよ」
大輔は予想していたのか落ち着いて返事を返す。そして二人はひと気のないホールの端へ移動した。
そこで陽子が口を開いた。
「私、まだ先生の事が好きなんです。だから私ともう一度やり直してもらえませんか? お願い……」
陽子は思い詰めた表情をしていた。一方大輔は黙ったままだ。
すると陽子が続ける。
「あれから私も自分なりにかなり努力をしてきました。今の私ならあなたの良いパートナーになる自信があります。もう結婚を迫ったりはしないわ! 私もあなたと一緒にスキルアップして仕事に打ち込もうと思ってるの。だからお願い……もう一度私と付き合ってもらえませんか?」
陽子の瞳は少し潤んでいた。そこで大輔が漸く口を開いた。
「ごめん……今、大切に想っている人がいるんだ」
その言葉に陽子の表情がかげる。
「その人は村瀬さんでしょう? どうしてあなたほど優秀な外科医が手近な看護師なんかと付き合おうとするの?」
感情のまま勢いでそう言った陽子はすぐに「しまった」という顔をする。
そこで大輔が静かに言った。
「君は僕自身ではなくて『医者』としての僕に興味を持っているだけなんだよ」
「そんな事ないです。私はあなた自身を愛しています」
その言葉に大輔は少し淋しそうな笑みを浮かべた。
「君はもう充分努力してりっぱな薬剤師になったんだ。そこは自信を持っていい。そしてご家族の…特にお父さんの呪縛からはそろそろ解放された方がいい。これから君は君自身の幸せな人生を歩んでいくべきなんだよ」
陽子がハッとした。そしてみるみる涙が溢れてくる。
陽子の家族は、両親、兄弟、親戚のほとんどが医者の家系だった。そんな中、陽子だけが医学部の受験に失敗し仕方なく薬剤師への道を進む。
大輔は付き合い始めた当初から陽子のコンプレックスを見抜いていた。
大輔が陽子と別れた理由は、彼女が大輔に結婚を迫ったからだと噂されていたが実際は違った。
陽子は医者と結婚して父親に認めてもらいたい一心で優秀な外科医である大輔と交際したかっただけなのだ。すぐにそれを見抜いた大輔は陽子に別れを告げた。
もちろんその真実を見抜いていたのは大輔だけで陽子本人は全く気付いていない。
そして大輔は穏やかに言った。
「気持ちを伝えてくれてありがとう。これからも僕は君を応援しているから」
そう言い残し大輔はその場を後にした。
その時陽子は急にガクンと身体中の力が抜けるような気がした。
陽子の顔はまるで憑き物が取れたようなとても穏やかな表情をしていた。
そしてその場に立ち尽くしたまま小さくなっていく大輔の後ろ姿をじっと見つめ続けていた。
コメント
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陽子さんは家族からのプレッシャーで孤独感を感じたまま自己肯定感が低い大人になってしまったのですね。薬剤師として立派に勤務しているので前向きに進んでほしいです。 大輔さんと瑠璃子さんのクリスマスデートが楽しみで仕方ないです。 お互いに選んだプレゼントも素敵です。
早見も可哀想な人だ『愛してる』ってよく言えたもんだ💢 大輔さん瑠璃ちゃんが好きな事認めましたね💕
そういうとこやぞ、早見。君に捧げる歌がある。 しあわせぇに、なってねぇ、わたしいのってます(敏いとうとハッピー&ブルー『わたし祈ってます』)るるる、るるるぅ~、るるる、るるるぅ~、わたしいのってますぅ~、てな。ところで、敏いとうは獣医師やったな。