その頃、花純は店内で優香に指示された作業をしていた。
まずは店内と店の外をほうきで掃除をしてから、
花桶に残っている昨日の生花をバケツにひとまとめにする。
そして空になった花桶を綺麗に洗い、新しい水を注ぐ。
こうしておけば、9時に届く鮮度の良い花をすぐに水に入れる事が出来る。
それが終わると、次に指示されたのはミニブーケの製作だった。
昨日売れ残った花を使いミニブーケを作る。
鮮度が少し落ちた花で作ったミニブーケは、安価で提供するので比較的人気らしい。
夕方までにはほぼ全て売り切れてしまうくらい、この店の目玉商品になっている。
(なるほど! ミニブーケにして販売すれば、まだ充分に綺麗な花を廃棄しなくても済むのね)
花純は、学生の頃バイトをしていた花屋で、売れ残ってしまったまだ充分美しい花達が
無残にもゴミとして廃棄されるのを見ていて、とても心苦しかったのを覚えている。
だからミニブーケにして格安で提供するという優香のアイディアは、素晴らしいと思った。
優香はピンク系のバラにカスミソウとユーカリの葉を合わせて、
あっという間に可愛らしいミニブーケを作り上げた。
「うわっ、素敵ですね!」
思わず花純が叫ぶ。
「フフッ、ありがとう。ブーケは何度作っても楽しいわよね。で、大きさは大体このくらいで揃えてね。バランスが取れていれ
ばどんな組み合わせにしてもOKだから、そこは花純ちゃんのセンスで! これをいくつか作ってもらってもいい?」
「分かりました」
「あっ、あとね、一つ大事な事なんだけれど、このミニブーケの花材は昨日の売れ残りでしょう? たまに聞かれるのよ、少し
鮮度が落ちてるわねって。でもそういう時は決して『売れ残り』とは言わない事! その代わりに『サービス品』という言葉を
使ってね。言葉一つで印象がガラリと変わるから」
「なるほど…確かにそうですね。分かりました」
花純は感心したように頷く。
花純は身の引き締まる思いだった。
今日からは直にお客様と接して商品を売る立場になるのだ。
本社にいた時とは全く違う。
いかに気分良くお客様に買い物をしていただくか…そして美しい花々を通してより良いサービスを提供できるか…
店舗での仕事はこれが全てなのだ。
花純はそう思うと、気合を入れてブーケの製作を始めた。
花純の手元を見つめていた優香は安心した様子で言った。
「そうそうその調子、花純ちゃんセンスあるわ!」
「ありがとうございます」
花純はブーケ作りやアレンジメントは好きな作業なので、褒められると嬉しかった。
そこで優香が思い出したように言う。
「そうそう、昨日の残りのお花の中でドライフラワーに適しているものがあったら、あそこに吊るしてドライにしてね!
うちはドライフラワーのアレンジも販売しているから」
優香の指差した方を見ると、天井付近にあるポールにいくつものドライフラワーがぶら下がっているのが見えた。
「素敵ですね! 私、ドライフラワーのリース大好きです」
「ドライフラワーには生花と違う魅力があるわよね。結構好んで購入されるお客様も多いのよ。だから、日中の暇な時はあれを
使って好きにリースを作ってくれて構わないから」
「分かりました」
花純は嬉しそうに微笑む。
花純は昔ドライフラワーの専門店で講習を受けた事があるから、ドライのリース作りも得意なのだ。
今でも花純の部屋には、自分で作ったリースがいくつも飾られている。
「じゃあそのままお願いしてもいいかな? 私、隣の銀行で両替をして来るわね」
「分かりました。行ってらっしゃい」
花純は優香を見送ると、引き続きブーケ作りを続けた。
(なんか凄く楽しい!)
思わず笑みがこぼれる。
花に触れているだけで、幸せな気持ちになる。
バラの花から漂う上品で優しい香りに癒される。
精一杯咲き誇っている花達を、一番美しい形でブーケにしてあげたい。
花純はそんな気持ちを込めながら、それぞれの花の個性を生かし、可愛らしいブーケに仕上げていった。
全ての花材を使いブーケ作りを終えると同時に、少し開いたシャッターの向こうから男性の声がした。
「毎度―! 山本でーす!」
その名前を聞いてすぐに配達の人だとピンと来た花純は、
「はーい。今開けます」
そう返事をして、慌ててシャッターを開けた。
するとそこには、60代半ばくらいのニコニコと愛想のいい男性が立っていた。
男性は花純を見ると、
「おや? 今日からここへ来た新しい人かい?」
「はい。藤野花純と申します。よろしくお願いします」
花純はそう言ってぺこりとお辞儀をする。
すると男性は、
「どうも! 山本のおっちゃんです! これから毎日顔を合わせる事になるからよろしくねぇ!」
そう言ってにっこりと笑った。
山本は白髪交じりの頭にベージュ色のキャップを被り、ジーンズにモスグリーンのポロシャツを着ていた。
毎日力仕事をしているせいか、歳の割に筋肉質の身体をしている。
「んじゃあ、早速運ばせてもらうよ」
山本はそう言うと、トラックへ戻って台車に生花を乗せるとガラガラと店内へ運び入れた。
その時優香が戻って来た。
「山本さんおはよう! もう自己紹介は終わったのかしら?」
「ああ、今終わったよ。随分可愛らしいお嬢さんが来たねぇ」
「そうなの。これからうちの戦力になってくれると思うから、山本さんもよろしくね」
「そりゃあ楽しみだねぇ。若いお嬢さんが来たらきっと売り上げも倍増さ!」
山本は目を細めながらにこやかに言った。
花純は恥ずかしそうに微笑むと、優香に聞く。
「お花は花桶に入れますか?」
「あっ、そうね、お願いできるかしら? 花の並び順はそこのクリアファイルに挟まっている用紙に書いてあるから、大体でい
いのでその順番で並べてもらえると助かるわ」
「分かりました」
花純は早速、黙々と作業を始める。
コメント
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花純ちゃん凄く楽しそう☺️お花を本当に大切にする気持ちが素晴らしい👍 優香さんの言う通り「即戦力」ですね❗️
花純ンとこのフローリストがマッチしてますね👍 優香さんも山本のおっちゃんも優しくて、何より🌸好きの花純ンが水を得た魚のように楽しく生き生きと仕事を楽しんでる様に癒されます〜🥰